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道連れ
「当時のこと、本当はあまり思い出したくないのですがね……」
 助手席の江田氏は渋々といった様子で話し始めた。空が高く感じられ始める初秋の午後のことである。私は愛車のハンドルを握り、高速をひた走っていた。
 数ヶ月前に起きた怪異の検証―今回の旅の目的はそこにあった。江田氏はその生き証人と言うわけだ。

 ことの発端は今年の夏、江田氏と当時の恋人が深夜のドライブを思い立ったことにある。海岸線から山間部、湖まで網羅する関東圏ではポピュラーな名勝地を夜通し走り、翌朝、有名な温泉に入ってのんびり都内に戻るという計画だった。
「あ、次のインターを降りてください。市街を抜けると、海岸線のすぐ脇を走る道路に出るはずですから」
 氏の言葉に従って高速を降りた。緑の松並木の向こうに、ほどなく紺碧に光る海原が見えだす。私はしばらく無言で車を走らせた。
 やがて氏の話にあったようにつづら折れのカーブが増えてきた。
「先に聞いた話では、あなたが違和感を感じ始めたのはこの辺りだったのですね?」
 私の問いに氏はうなづく。心なしか青ざめているように思えた。
 氏が最初に感じた違和感は、色彩の欠如であったらしい。
「夜の海は黒い。道路も黒い。そこに白いセンターラインが飛び去っていく。完全にモノクロームの世界なんです」
「でも信号は? 赤と緑の色彩はあったのでしょう?」
「それが……、不思議なことに車は一度も停まらなかった。信号を見た記憶がないんです」
「他の車は?」
「いえ、まったく」
 恐らく恋人も違和感を感じていたのだろう。徐々に会話も減って、車内には重苦しい沈黙が流れたらしい。
 そのうち、恋人が体の不調を訴えだした。
「頭が痛いから横になりたいと」
 路肩に車を停め、恋人は後部座席に移った。いつも車に置いてある毛布を巻き付け、ケロロ軍曹のぬいぐるみを枕にして横たわる。
 引き返すか? と氏は訊いたが、このままでいいという。
「相変わらずモノクロ世界は続いていましたが、夜が明ければ気のせいだったって笑い飛ばせると車を走らせました」
 いつしか道は山間部に入ってきていた。ヘアピンカーブを次々とクリアしながら山を登る。江田氏は運転にだけ集中しろと自らを鼓舞した。
「やがてちょっとした展望台のようなところにさしかかった時、彼女がトイレに行きたいと言い出しました」
 幸い、展望台の端にはトイレらしき小屋があった。二十メートルほどの距離だ。黒闇の中に蛍光灯の白い光が瞬いていた。
 夏とはいえ、山間の夜は冷える。恋人が毛布を巻き付けたままの姿で車を降りるのがバックミラーに見えた。
 さすがに長時間の運転で疲れていた。まぶたを指で揉むと稲妻のようなきらめきが網膜に踊る。座席をリクライニングさせ、思い切り伸びをすると、江田氏はついウトウトしてしまったという。
「ほんの数分だったと思いますけど、車のドアが閉まるバタンという音で我に返りました」
 後部座席には恋人が横たわっていた。寒いのか、毛布でスッポリと体を覆っている。大丈夫か? と声をかけたが返事はない。
「しつこくしてヘソを曲げられるのもいやだったから、僕は黙って車を出しました」
 車は山を越え、谷を渡った。世間話や二人の今後のことなどを話しかけながら時おりバックミラーに視線を走らせると、後部座席の恋人は毛布の隙間から片目だけを覗かせていた。その充血した目が自分を凝視しているように思え、江田氏はちょっと嫌な気持ちになった。
「それからどれくらい走ったかなぁ。目的の温泉地に着く頃には空も白み始め、朝焼けの赤や稜線の青といった色彩も戻っていました。あまりにきれいだったんで、おい、起きて見てみろよと彼女に声をかけたんですが返事がない。さすがの僕もムッとして車を停めたんです」
 具合が悪いのはわかるが返事くらいしたらどうだ、氏はそう言いながら後部座席のドアを開け、毛布に手をかけた。巻かれた毛布がクルクルとほどけたが、その中には誰もいなかった。
 江田氏は悲鳴を上げて毛布をたたき落すと車を急発進させた。その後はどこをどう走ったのか覚えていないという。
 恋人は山間に拓かれたスカイラインを歩いているところを保護された。彼女にとって深夜の山中をさまよった経験は最大の恐怖だったのだろう。自分を置き去りにして走り去った江田氏を許さなかった。二人は別れた。
「あの後、イヤな話を聞きましたよ。何でも、霊に支配された領域には色彩がないんですって。白と黒と灰色だけの世界……」
 私は苦笑しつつも周りの景色を、鮮やかな色彩を確かめた。

「―で、その展望台ですけどね、まだ見つかりませんか?」
 私の問いに江田氏は力なく首を振る。あの夏の日、彼らが走ったコースを私たちは何度も往復したが、ついに件の展望台を見つけることはできなかった。



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 まるでドラマの様な始まりに少々戸惑った。「生き証人」なんて書いてあるせいで、当時の彼女が亡くなったのかと早合点してしまったのは置縺... ... 続きを読む

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■講評

置き去りにされた女性の恐怖はどれほどだったろうか・・・
検証しながらのような文章で、すごく面白かったです。
霊に支配された領域には色彩がないか・・・なんか妙に納得してしまいました。
彼女だと思って乗せていたものはなにか・・・・間違いなくやばいものだと思うのですが。

名前: 黒蜜椿 ¦ 14:53, Monday, Mar 09, 2009 ×


文章 1
怪異 1
怖さ 1
衝撃 0

なかなか読み応えがある。
話の引き出し方も上手い。
それにしても恋人がお手洗いに行くのを一人で行かせるの?山奥の暗いところなのに。また、毛布でくるまって返事がない時も体調不調を心配してのぞき込んだりしないのかな。
恋人が絶対に許してくれなかったのもわかる。


名前: くりちゃん ¦ 19:23, Monday, Mar 09, 2009 ×


ああ…、肩透かしを食らった気分です…。
まず、「生き証人」とあったので、他の体験者は皆、ちゃんと証言出来ない状態に陥るくらいスゴイ話なのかと思いました。
体験談において、体験者は皆「生き証人」なので、敢えて強調する必要はなかったかと思います。
で、江田さんを連れてその場所に向かっているという状況が、この話を語った上で、とんでもない体験をされているのかと期待していました。
体験談部分では文章も上手く、臨場感があって良いのですが、如何せん、期待していた分、結末にガッカリしてしまいました。
これ、その場所に二人で向かったという話は、締めで簡単にまとめるだけで十分だったかと思います。

話は面白いのに、読み手に過剰な期待を抱かせてしまったという点で、非常に勿体無いなぁという印象でした。

文章:-1 怪異:2


名前: PM ¦ 20:03, Monday, Mar 09, 2009 ×


いくら毛布にくるまっていた恋人がいなかったからといって、彼女を置き去りにしていくとは、この人の体験よりも、彼女の方が気の毒

名前: ジャック ¦ 20:59, Monday, Mar 09, 2009 ×


“数ヶ月前に起きた怪異の検証―今回の旅の目的はそこにあった。江田氏はその生き証人と言うわけだ”
このくだりで、死亡者や行方不明者が出た様な凄い話なのかと思ってしまいました。真面目に丁寧に書かれた文章だけに。

あやかしは恋人のふりをして(?)毛布にくるまって車に乗ったわけですが…それは体験者を化かすため?そのあやかしはいつもそんな事をしているのでしょうか。
毛布の中身が実は変わっていた、というのは怖いですがパターンではある様な。
また、恋人は具合が悪いと言っているのに、返事をしないからと怒ったりするものでしょうか?まずは心配にならないでしょうか?体験者の人間性が疑われますね。
最後はその怪異があった場所が見つからない、というのもパターンですね。
よく書かれたお話だとは思うのですが、そのぶんよけいに心霊ドラマの様に思えてしまいます。



名前: ひぐらし ¦ 21:52, Monday, Mar 09, 2009 ×


検証という形のお話が新鮮で良かったです。
淡々と進められていくお話で、毛布の中身が消えているくだりは鳥肌が立ちましたが、怪異以上に深夜の山道を一人で歩く羽目になった彼女さんの状況が怖すぎました。
それを許せと言われても理性じゃどうにもならないレベルの恐怖だったと思います。でも見つけ出せない展望台から無事に帰ってこれたのは幸運と言うべきなんですよね?

名前: ゑな ¦ 00:15, Tuesday, Mar 10, 2009 ×


彼女側から見た事件の顛末も興味がある。
恐らく取材には応じてくれないと思いますが。

名前: 魔音 ¦ 02:24, Tuesday, Mar 10, 2009 ×


すごく、丁寧に書かれているんですが。
堅い。口調が堅すぎる。
ちょっと気になっちゃった。
一番可哀想なのは、山道に置き去りにされた彼女だと思うのは、
私だけでしょうか(^^;)?

文章1 構成1

名前: ほおづき ¦ 09:00, Wednesday, Mar 11, 2009 ×


小粒なネタの割りに、出だしで風呂敷を広げすぎ。過剰な期待を抱いてしまい、なんだか損をした気がする。 
文章・0 構成・0 ネタ・0 恐怖・0

名前: 暗沌子 ¦ 15:07, Wednesday, Mar 11, 2009 ×


怪奇0 文章1
文章から全体的な雰囲気は伝わるのですが、果たして怖いでしょうか?と聞かれると微妙かなあ…。モノクロの世界…精神的な疲労でそう感じる事もあるかもしれないし…。

名前: じゅりんだ ¦ 16:38, Wednesday, Mar 11, 2009 ×


 冒頭自分の文章に酔ったような表現で違和感を感じる。繋ぎ方が唐突で判り難いし。数か月前を当時、と語るのもしっくりとこない。
 田舎の道では全く信号がないことは不思議でも何でもないし、夜の海沿いの道には色が満ちている方がおかしい。わざわざ「ケロロ軍曹」まで言うのであれば、これが何色に見えていたのか明記すべき。これがモノクロームだったら確かにおかしいし、緑に見えていたのなら単なる気のせい。
 全体に江田氏の思い込み・勘違いと考えてもこの内容は成立してしまう。

名前: ときの ¦ 12:19, Thursday, Apr 02, 2009 ×


文章がうまいなぁと思うと、恋人を彼女と言い変える初歩的ミスがあったり。
話は怖かったです。後部座席から充血した片目で凝視されるくだりなんて、ゾクッとします。

名前: 悪夢狂乱丸 ¦ 17:16, Friday, Apr 03, 2009 ×


実際に検証しながら話を聞く。これは目新しいアプローチかも。
霊を乗せた江田氏と置き去りにされた彼女のどちらが恐ろしかったか。どちらも嫌ですが。
「霊に支配された場はモノクロ」というのは初めて聞きました。(逃げるための)参考にします。

名前: ひ ¦ 10:36, Tuesday, Apr 07, 2009 ×


正直な感想を述べると、追跡ルポ調の文章には面白味を感じませんでした。
状況的には仕方なかったのかもしれませんが、彼女さんの状況を考えるとあまりに可哀想で同情してしまいます。
モノクロームの話も初めて聞くものでしたが、強いインパクトはありませんでした。

名前: へみ ¦ 23:06, Thursday, Apr 23, 2009 ×


書き方としては面白いと感じたが、内容的にはさほど怖さを感じなかったです。

名前: SPダイスケ ¦ 17:25, Sunday, Apr 26, 2009 ×


何でドキュメンタリー風にしたんでしょう。
そこで何かあったのならそれで良かったのかも知れませんが、結局何も無かったのなら、最後に「自分も行ったが何も起こらなかった」くらいで良かったと思うのですが…。
丁寧に書かれているのに、どこに焦点を絞れば良いのかわかりませんでした。

名前: 緋咲 ¦ 02:46, Tuesday, Apr 28, 2009 ×


文章・・・2
希少度・・・1

怪異があまりにさらりと書かれているので、それが逆に怖さを盛り上げています。
今大会でも他の作品にないほど、文章の隅々までとてもよく計算されて書かれています。
当時のことを思い返しながら、再び同じ道路を走るという構成ですが、視点はしっかりと怪異の起こった夜に向けられており、短い文章で時間の経過までしっかりと表現できていました。
充分怖かったです。
1点追加。

名前: 鹿太郎 ¦ 22:10, Wednesday, Apr 29, 2009 ×


なかなか面白かったです。文章も上手いと思いました。
生き証人って書いてあったので彼女は亡くなったのかとドキドキしてましたが、無事だったんですね。少し安心しました。

名前: わんぴー ¦ 17:33, Thursday, Apr 30, 2009 ×


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