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涙壷
その壷は晶子さん宅では、【涙壷】と呼ばれていたという。
「父から子供の頃に『昔、家の前で倒れていた母子を助けた際、お礼として受け取ったものなんだよ。だから大切にしなさい』と聞かされていました」
見た目はこれといって特徴のない、古い小さな青い色の壷で、晶子さんの家では下駄箱の上に飾られていたという。

晶子さんが高校生になった頃だった。
夜中、トイレに行こうと思い、廊下を歩いていた時だった。
「玄関の方から女の人が、すすり泣く声が聞こえてきました」
母親が泣いているのかと思った晶子さんは、声のする玄関の方を見に行った。
しかし玄関には誰もいない。
泣き声はまだ続いていたという。

後日、父親にその話をすると
「涙壷が泣いたんだよ」
そう言ってから、倒れていた母子のうち、子供はすぐに亡くなってしまい、残った母親も泣いて過ごした後に亡くなってしまって、それから壷が泣くようになったという説明をしてくれた。
それからも夜中に目が覚めると、玄関のほうから泣き声が聞こえる夜があったが、晶子さんはそっと手を合わせるだけで、涙壷を見に行ったりはせずそっとしておいたという。

晶子さんが最初にその声を聞いてから、1年以上は経っていた。
たまたま玄関の掃除をしていた母の肘が、勢いよく涙壷に当たってしまったという。
涙壷はそのまま下へ落ちると、激しい音をたてて割れてしまった。
「使っていないはずの壷の中からは、大量の水が流れて出てきました」
それを見た父親は母親を怒る様子もなく、さっさと涙壷の破片を片付けると、どこかへ持っていってしまったという。
「それから数日ほどしか経ってない頃だったと思います。母の様子が少しおかしいと感じるようになりました」
誰も話しかけてもいないのに母親が、
「なに?」
と振り向くことが多くなったという。
時には、
「うるさいから静かにして」
といきなり晶子さんに向かって怒鳴り付けることもあった。
「徐々に歯車が狂っていく・・・そんな感じでした」
晶子さんは誰もいない宙に向かって、ひたすら謝る母親を見たときにそう思ったという。
なにか嫌なことが起こる、そう思っていた矢先に母親が車に轢かれ亡くなってしまった。
取り乱す晶子さんとは違い、父親は以外に冷静だったという。
「まるで父はこうなることがわかっていたようでした」
晶子さんはそう感じたという。

母親の四十九日がもうすぐ明ける頃だった。
父親が晶子さんを部屋に呼んだ。
「お父さんも、もう長くないかもしれない」
そうぽつりと言った。
驚く晶子さんに向かって、父親は『肺に影が見つかった』とだけ言った。
「ちゃんと調べたの」
そう聞き返した晶子さんに父親は、ずっと隠していた涙壷に関する本当の話をしたという。

昔、晶子さんの先祖は家の前で倒れた可哀相な母子を助けた。
先祖は二人に温かい食べ物を与え、ゆっくりと家の離れで休ませてやったという。
助けた時は痩せこけ、汚い身なりだった為わからなかったが、暫くして子供は5歳くらいの可愛らしい女の子であることがわかったという。
しかし運の悪いことに当時、家にはいつも悪さばかりしていた跡取り息子が一人おり、その男が家人の居ない隙に、女の子に悪戯してしまったという。
それだけが原因というわけではなかったが、女の子は数日後に容態が一変すると、そのまま亡くなってしまった。
結局、誰から聞いたかわからないが、子供が悪戯をされたことを知った母親は狂い泣き、子供の遺体だけを持ってどこかに居なくなってしまったという。

その時に置いていった母親の荷物の中から、あの壷は出てきた。
扱いに困った家の者が、売りに出そうとしたが、手放そうとすると家に死人が出たという。
その時に、跡取り息子と父親は一緒に首を吊って亡くなった。
当然それを目の当たりにした者達は、これは祟りではないかと言い出した。
しかし自分たちの家の者が子供に悪戯をしたなどということが、周囲にばれてはいけない。
そこで息子の母親がこっそり何処かにその壷を持って出かけて行った。
暫くして戻ってくると
「この壷はわざと見えるところに置くこと。常に家人が見張るようにして飾る事。絶対に手放したり、壊さぬように・・・」
そう強い口調で言ったという。

そこで家の中で大切に保管するうちに、壷が泣くようになった。

「それでいつの間にか【涙壷】と呼ぶようになったそうです」
涙壷には誰も入れていないはずなのに、いつも水が2/3程まで入っていたという。
不思議なことに壷が泣くと些細なことであったが、決まって家の人間に良い事があった。
そんなこともあり、長い年月の中で事実が徐々に曲げられ、晶子さんの父親の代になると、いつの間にか涙壷は縁起の悪い物ではなく、縁起のいい物としてのポジションにすっかり変わってしまっていたという。
そして晶子さんの父親は呪いや祟りといったものをまったく信じないタイプだったこともあり、下駄箱の上という安易な場所に置かれたのだ。

しかしそんな父親の考えは一変したという。
父親曰く、母親が涙壷を割った時、頭の中に声がしたというのだ。
女の声ではっきりと

『大願成就』

と聞こえたという。
その時になってやっと、涙壷は今も変わらず怖い存在であったのだと認識したのだという。
割れた壷はすぐにいつも世話になっている寺に理由も言わずに収めたが、母親が亡くなったことで恐怖が確信に変わったという。

「あれから5年程経ちますが、父はなんとか無事に生きています。もちろん父の体のことは心配ですが・・・・」
晶子さんの父親は母親が亡くなってから、家に篭るようになってしまったという。
その頃から、父親も少しずつ精神的に壊れていくようになった。
げっそりと痩せこけていく父親の面倒をこまめに看ていた晶子さんだったが、高校を卒業すると同時に家を出たという。
歩いて5分程のところにあるアパートから、こまめに通って父親の面倒を看る事にした。

「もう家に涙壷はないのに、昼も夜も関係なく、家の中のあちこちから泣き声が聞こえるんです」
聞こえるその声は、時に狂った女であったり、幼い子供であったりした。
しかも酷い時は、その声が大きな笑い声に変わるのだという。
たまたま家に来ていたお客さんにもその声は聞こえているようで、
「奥にいるお子さんが泣いているようですね。どうぞこちらはいいですから見てきたらどうですか」
と親切心で言われたこともあった。

それと同時に部屋の隅や廊下に、覚えのない小さな水溜りができた。
「気が狂ったように笑うその声が聞こえると(この家はもう駄目かもしれない)と心が折れそうになりました。そのうえ現実的に壊れていく、父の何ともいえない病的な姿を見ると、私にはもう絶望感しか残りませんでした」
時にその声に合わせるように笑う父親の姿に、晶子さんは耐えられず、少し距離を置くことで自分を保っているに見えた。
晶子さんはずっと一緒に居てやれない自分に深い罪悪感を覚えながらも、もしかしたら父親の次は自分がおかしくなるのではないかと思うことが一番怖いという。



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■講評

起こった怪異も強烈。
しかもこれから自分がどうなるかわからないというのは、体験者にとってどれほど怖いだろうと思います。
しかもこうなるかもしれないという気持ちで父親を看ていたら、現実的にも精神的にも怖いと思います。

名前: 黒蜜椿 ¦ 07:15, Friday, Mar 13, 2009 ×


怖いのですが、
お祓いには行かないのですか?
お祓いに行った結果、どこもダメでした、
じゃなく、お母様が壷を割った時点で、
そういった一切の抵抗を止めてしまった感じがします。
人間ってもっと、足掻かない?
その人間臭さの欠如が、
何だか味気ない話にしてしまっているような…。
勿体ない。

文章1 怖さ1

名前: ほおづき ¦ 13:02, Friday, Mar 13, 2009 ×


「牛鬼」とか「件」のように、本来、祟っていたものがある時から“守り神”に転じるパターンですかね。体験者には何の落ち度もないのに、先祖の過ちから無理やり怪異に襲われる恐怖ととまどいは察するに余りあるものがあります。

名前: 魔音 ¦ 17:05, Friday, Mar 13, 2009 ×


なんとなく言いたいことは、わかるのですが、文章として少し読み返さなければわからない内容もあり、通常では起こりにくいような事件にでも巻き込まれたともとれる文章であるから。

名前: ジャック ¦ 20:29, Friday, Mar 13, 2009 ×


ううーん。なんか文章のバランス的に読み難かったです。
区切りの度に「〜という」が続き、飽くまで聞いた話という感じで雰囲気を細かく崩してしまっていたのも要因かと思います。
怪異は非常に珍しく、怖いところでもあるんですけどねぇ…。
纏め方次第かなぁという印象でした。

文章:-1 怪異:2

名前: PM ¦ 22:12, Friday, Mar 13, 2009 ×


“行き倒れの人を助けて、その人からもらったもの”
というのは民話のパターンにもなっているくらいに定番ですね。
ここで“ご先祖”とされている人たちはいつ頃の時代の人たちの事なのでしょうか?晶子さんのそう遠くはない(?)血縁者かと思われるのですが、まるで他人の様な書き方がされていますね。
また、面倒をみていた様で、本当は酷い事をしていた、というところと、残された品物を壊したら不幸が、というところも定番かと。

晶子さんはお父さんを気にしていながら、どうして自分だけ家を離れ、お父さんを家に残したままにしているのでしょう?
怖いのはわかりますが、元々よほど仲が悪かった様でもなさそうなのに実の娘としてはおかしい様な。

何かあちこち色々と納得がいかないお話でした。



名前: ひぐらし ¦ 22:28, Friday, Mar 13, 2009 ×


壷が割れてから家中いたるところで声や水溜りが発生するということは、
泣き声や水の出てくる元を壷の中に封じ込めた結界だったのでしょうか?
精神的に壊れるほど毎日起こる怪異は、とても重く恐ろしいものがありました。
もしお父さんが亡くなって、実家が空き家になった時にはどうなるのか・・・
怪異が家の中に収まっている保証もないのがまた怖いです。




名前: ゑな ¦ 23:43, Friday, Mar 13, 2009 ×


文章 1
怪異 1
怖さ 1
衝撃 1

なかなか怖かったです。
「不思議なことに壷が泣くと些細なことであったが、決まって家の人間に良い事があった。」というのは後でドーンとお返ししてやろうという母親の策略だったのか。だから割れた瞬間に「大願成就」なのか。
親の因果が子に報い、って嫌だなあ。しかも戦とかそういう非常時の仇討ちっぽいものではなくて、ペド息子のイカレた振る舞いが祟りを呼ぶなんて子孫も大変だ…
ただそこまで祟る壺を目の前にして、もしくは割れてしまった破片を集めて、どうにかしようとは思わなかったのだろうか。霊能者を頼るとか、お寺に持っていくならご供養するとか。そこは不自然。

名前: くりちゃん ¦ 20:55, Saturday, Mar 14, 2009 ×


怪奇2 文章0
因縁渦巻く気持ち悪いお話ですね。やはりいわくつきでしたか。
そういった怨念はどうやったら取り除けるものなのか…。
つくづく考え込んでしまうような作品でした。

名前: じゅりんだ ¦ 13:18, Sunday, Mar 15, 2009 ×


渡辺淳一氏の泪壺とは全く関係ないのですねw じわじわと組み立てられていく恐怖はなかなかのものでした。惜しむらくは文章。〜という、は連続して使うと物語に入り辛くなります。なにか他の表現を使えるようになると、もっと評価が上がると思いますよ。
文章・0 構成・0 ネタ・1 恐怖・1

名前: 暗沌子 ¦ 14:40, Monday, Mar 23, 2009 ×


終わりが無いどころか、割れたことから恐怖が増殖していく所はかなり怖いです。

名前: 悪夢狂乱丸 ¦ 16:50, Monday, Apr 06, 2009 ×


一度は母子とも命を救われたのに、原因となった息子を父親もろとも殺すだけでは足らず、一族を根絶やしですか。その不条理性に慄然としますが、その母子も涙壷に呪われた末のことかもしれず、いろいろ考えさせられます。呪ったばかりに壷の呪に取り込まれたということもありますしね。

名前: ひ ¦ 15:53, Tuesday, Apr 14, 2009 ×


内容自体は怖かったのですが、言い回し気になりました。
惜しい気がします。

名前: SPダイスケ ¦ 00:22, Monday, Apr 27, 2009 ×


進行形の恐怖、怖いですね……。
小さな女の子に悪戯するなんて最低ですが、一度は恩を受けた筈なのに……。
まさに末代まで祟る気なのでしょうか。
でもどうして、壷が泣くと些細な良いことが起こるのか、悪戯した息子の母親は何処へその壷を持っていったのか色々と想像が掻き立てられます。

名前: 緋咲 ¦ 04:42, Tuesday, Apr 28, 2009 ×


文章・・・0
希少度・・・2

そんな壷が最近まで存在していたとは驚きです。
もう昔話の中でしか見ることはないと思っていました。

その壷の来歴、割れてから起こり始める不気味な現象、それらが収束することで浮かび上がる絶望的な結末に人の恨みの恐ろしさを見る事ができます。
文章は過不足はないものの少し間延びしたところがあり、読み易くはありませんでした。
削るべきところ、修正すべきところはあるように思えます。

名前: 鹿太郎 ¦ 01:50, Thursday, Apr 30, 2009 ×


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