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ゲーム脳
非日常的な出来事、日常的な世界と異なる世界での出来事、そういう死に対する捉え方は、現代の都会人にとって、ごく普通のことです。
なぜなら、現代人は、死を連想させるものを、日常的な世界から、できるだけ遠ざけてきましたから。
都会というのは、そういうところです。

死を連想させるものを遠ざけた、都会は、居心地のいいところですが、過ぎたるは及ばざるが如しともいいます。

この話 は、そういう話です。

僕は、東京で医師をしております。
でも、これは、僕自身が経験した話ではありません。
僕が、大学病院で医師として勤務していたときに知り合った、僕の後輩の医師が経験したものです。

後輩が、僕に話します。
「ね、先生。
この前、薄気味悪いことがあったんです。
いやね、小学生がバイクに撥ねられる事故があって、で、ほとんど即死だったみたいなんですけれど、一応、病院に運ばれてきたんですよ。」

救急車が、既に死んでいる人を病院に搬送する。
一般の人には違和感があるかもしれませんが、最近、特に都市部で増えたことです。
どうしてそういう習慣ができたのかは、よく分からないのですが。

救急隊の知人に言わせると、そうしなくてはいけなくなるような事件が、最近あったのだそうです。
それは、聞いた話によると、こういう事件です。

あるところで、交通事故がありました。で、事故のとき被害者の隣にいた被害者家族によって、救急車が呼ばれたそうです。
しかし、救急車が到着したとき、事故の被害者は、既に死亡していたそうです。
当然、救急車は、その被害者を病院には搬送しなかったそうです。既に死体なのですから、当然です。

しかし、その後、被害者の家族から、救急隊に、次のような問い合わせがあったのだというのです。
「あの時、本当に、既に被害者が死んでいたのか?」
「あんなに簡単に家族が死んでしまうなんて、信じられない。」
「ひょっとしたら、まだ、あの人は生きていたのではないか?」
「だとすると、救急隊員が、『死んでいる』なんて言わないで、病院に運んでくれていたら、ひょっとしたら助かったのではないか?」
「自分は素人だから、あの人が、あの時、死んでいたのか生きていたのか、それは分からない。でも、ひょっとしたら、だまされたんじゃないか?」
「そもそも、医師でもない救急隊員が、人の生き死にの判断をしてもいいのか?」

遺族の感情は理解できます。まだ若い人が、事故で誰かがお亡くなりになったとき、
「あの人は、死ななくてはいけないような悪いことはしていないはずなのに」
家族が、そういう気持ちになるのは、自然なことですから。

それに、多くの人は、死体を日常的に見ている訳ではありません。ですから、特に大きな傷がなければ、生きている人と死体の区別がつかないという人も多いのです。

「その人の死は避けることができたのではないか?」
「死んでいるなんていわないで、手を尽くしてくれれば、本当に死ななくてもよかったのではないか?」
時に、そういう気持ちが、救急隊に向けられてしまうことも、不自然なことではありません。

実は、日本の法律では、救急隊員が現場で人の生き死にを判断する権利があるかどうかっていうのは、少々、微妙らしいのです。法律家の中に、死亡の確認は、医師でないとできないという法律解釈をする人がいるらしいのです。

その件は、裁判になったと聞きました、どういう判決になったのかは、知りませんが。

でも、そんな裁判があれば、仮に、被告の救急隊員が裁判で勝ったとしても、それ以降、救急隊員は死体を搬送するようになるでしょう。
だって、救急隊にとって、事故被害者の搬送は、日常業務なのです。
日常の仕事の中で、裁判沙汰になるかもしれないような、そんなメンドウはおこしたくないに決まっています。
死んでいるといって、病院まで運ばなければ、後で、家族が裁判を起こすかもしれない。
そんなこと、いやですから、搬送を希望されれば、救急車は、たとえ死体であっても搬送します。

当時、すでに、医師不足って言われていて、救急病院は疲弊していました。
救急医の不足のため、患者を受け入れられず、「患者のたらいまわし」なんて批判され始めていた時期です。
でも、救急医が足りないのに、その、足りない救急医が、生きた人間じゃなくて、死体を「診察」していたことがあるんです。こんなこと、普通の人は、ちょっと、知らないんじゃないかと思います。

僕は、別に、死体を運んだ救急隊員が悪いとは思いません。
彼らは、揉め事を起こさないように仕事をしただけなのですから。

話を元に戻しましょう。

その、僕の友人の勤めていたところに、交通事故にあった小学生の死体が運ばれてきた話の続きです。

友人は語ります。

「それで、うん、ま、病院についた時点で死亡したということにしたんですよ。」
彼の言っているのは、死亡診断書の死亡時刻のことです。

「うん、それで?」

「で、そのごちゃごちゃ書類書いている間、救急外来に寝かせっぱなしだったんですけれどね。
なんでも、その子、結構な、お坊ちゃま学校の生徒だったらしくって、で、事故にあったのが、学習塾から帰る途中だったそうで、それで、患者の塾の友達だと思うんですけれど、いっぱい、子供がお見舞いに来ちゃいまして。
で、つまり、その、死体の周りに子供が集まってきちゃいましてね。」

「うん。」

「いや、子供たちが、患者の周りで、なにか、ボソボソ言ってたんですよ。で、子供たちのしゃべるリズムがそろっていたから、何か、歌っているのかと思ってたんですよ。」

「ひょっとしたら、何かの新興宗教かなとか、その子の好きだった歌でも歌っているのかな、とか、気になって、近寄って、歌っているのを聞いてみたんです。」

「子供たち、なんて言っていたと思います?」

僕は、尋ねました。
「なんて、言ってたの?」

「いや、先生。
アレですよ。呪文。
『ザオリク、ザオリク、ザオリク、。。。』
って。」

「。。。」

「先生、ザオリクって、ご存知ですよね?」

「うん」

そう、彼らは、死者をよみがえらせる呪文を唱えていたのでした。

「ザオリク、ザオリク、ザオリク」

このブログを読んでいる皆さんは、ザオリクってご存知ですか?
有名なコンピュータゲーム、「ドラゴンクエスト」のシリーズに出てくる、死者をよみがえらせる呪文です。

ドラゴンクエストのゲーム中では、この呪文を唱えると、死んだ仲間がよみがえるのです。

この子供たちが、どういう気持ちで、この呪文を唱えていたのか分かりません。

友達の死体を前にして、ゲームの登場人物の真似をしていた子供たち。
これは尋常なことではありません。
もし、大まじめに、この呪文の効果を信じて、呪文を唱えていたのであれば、何か、空恐ろしい気がします。
でも、呪文の効果を信じていなかったとしたら、死体の前でふざけていたのでしょうか?
どちらにしても、恐ろしい気がします。

以前、この話をある人にしたとき、その人は、ゲームのせいで子供たちの頭が障害を受け、知能や感性が悪くなってしまっているのだと主張しました。
こういう考え方は、通常、「ゲーム脳」と呼ばれています。

僕自身は、そうは思っていません。「ゲーム脳」は、科学的な議論の対象にするには、あまりに稚拙な主張です。

でも、友人の死体を前にして、子供たちが、みんなで声を合わせて呪文を唱える。それは、ゲームに登場する呪文、死者を蘇らせる呪文なのです。
これが、ゲーム脳のせいではないとすると、いったい、何が悪いのでしょうか?

僕は、特別、この子供たちだけが悪いとは思わないのです。
先に触れたように 大人だって、死んでいる人と生きている人の区別がつかない人、つまり、死体をきちんと観察したことがないという人は多いのです。ということは、大人だって、死に関しては、自分で経験して得た知識は少ないということなのです。現代では、死に関する経験のほとんどが、小説やテレビドラマ、漫画、映画などを通じて「経験」したものなのです。この話の子供たちでは、たまたま、その、テレビドラマや映画の代わりが、コンピュータゲームだったというだけのことなのだと思います。

それは、死を連想させるようなものを日常の世界から遠ざけてきたような、そういう都会で育った人々の宿命なのかもしれません。



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■講評

う〜ん。
私的にはこれは
「怪談」ではないと思います。

それにね。
生き返って欲しいという子供なりの気持ちで、
出てきた言葉がゲームの呪文だった、って思いません?
自分の精一杯の知っている範疇の事をしてみただけなんじゃないかな。
子供って、そういうもんですよ。
即座に「死」を理解して大人のように泣き崩れる子供の
方が、不気味で現代的だと思います。
テレビで非常に模範的な回答を繰り出す子供、みたいにね。
そうは思いませんか?

名前: ほおづき ¦ 10:48, Sunday, Mar 22, 2009 ×


これは一つの意見としては興味深いのですが、怪談ではないと思います。
確かに怖い事例です。
でも怪異ではないと思いますので。

名前: 黒蜜椿 ¦ 11:27, Sunday, Mar 22, 2009 ×


到底実話とは思えないし怪談にもなっていない。
馬鹿馬鹿しい。

名前: sage ¦ 12:25, Sunday, Mar 22, 2009 ×


読み終わって、しばらくポカーンとしてしまいました。
まあ、怪談じゃありませんよね。これ。
加えて、読点が多くて読み辛く、また、著者様自身が「ザオリク」と言ってる子供達をなんだか蔑んでいるようで、読んでいて不快でした。
小学生が、大人と同じように友達の死を素直に受け入れられるでしょうか?
例えその知識の元がゲームだったとしても、ダメと解っていながら尚、「もしかしたら…」と考え、それを試行する事もあるのではないでしょうか?
私には、この子供達が「悪い」とは思えません。


名前: PM ¦ 16:22, Sunday, Mar 22, 2009 ×


これは心霊的な怪異ではなく、生きている人間が起こした怪異ですよね。
今大会中、この様な話はみな厳しい評価を受けていますが、そういった評価になっている作品はご覧になっていないのでしょうか?
また、医師には守秘義務というものがあるのでは?
同僚から聞いた話とはいえ、子供が亡くなった様な話を不特定多数の人たちが見るネット世界に掲載する、という行為は医師以前に人としてもどうかと思います。
また、遺体を沢山の子供たちに見せたりするものでしょうか?
部屋に入れたりするものでしょうか?
とても疑問に思えます。
本当だとすれば、大変な問題なのでは?



名前: ひぐらし ¦ 19:37, Sunday, Mar 22, 2009 ×


文章 −1
怪異 −1
怖さ −1
衝撃 −1

「非日常的な出来事、日常的な世界と異なる世界での出来事、そういう死に対する捉え方は、現代の都会人にとって、ごく普通のことです。」の前半と「そういう〜」から後の後半とが噛み合っていない。
ちっとも本筋に行かないので苛ついた。救急搬送についての記述が長い。
医師にしては口調がつたない。彼らはもっと論理的な、ムダのない話し方をすると思うが?
句読点がおかしい、リズムが狂う。
小学生が亡くなった友達を前に呪文を唱えたというのは信じる。が、その解釈がステレオタイプすぎる。
ともかく最後まで読むのに疲れた…「遺伝記」以来のことだ。

名前: くりちゃん ¦ 20:49, Sunday, Mar 22, 2009 ×


前置きが長すぎる。ご自分の言いたいことがとおのいてしまっている。
要するに死は意味嫌われるものなので、日常生活から遠ざけたい気持ちはわかるが、事故にあって死んだ子供を病院に搬送して、その友人がコンピューターゲームのようによみがえらせるなんてあまりにも考えが幼稚すぎるから。

名前: ジャック ¦ 23:00, Sunday, Mar 22, 2009 ×


まず結論として、これは怪談でないと判断しました。
読んだ感想としては、ブログと新聞のコラムを足して2で割ったような文章かなと。
「ザオリク」については、ユリ・ゲラーの番組を見ながら壊れた時計を握って「動けー!」と叫んでいたのと個人的には同じだと思います。

で、本当に怖いと思って書いたのでしょうか?
あと、救急外来にそんなゴチャゴチャ部外者入れましたっけ?
私の行った救急は、付き添い家族すら呼ばれるまで入れませんでしたが。

名前: ゑな ¦ 23:52, Sunday, Mar 22, 2009 ×


−4までしか無いのが残念である。私の友人は総合病院の救急センターに勤務している。この話の真偽を確かめてみた。
彼が勤める病院は第三次救急であるから、結構な率でCPAの患者が搬送されてくるそうだ。
重傷患者は、救急車専用搬送口から処置室まで直行し、そこから先は霊安室か集中治療室へ行くのが常である。いずれも家族以外は立ち入れない。
だいたい、処置室に子どもの団体を入れる病院など何処にも無いと彼は爆笑した。
この作品の著者は、己の書いたものがネットに載るということの重みと怖さを知るべきである。
改めて言う。
−4までしか無いのが残念でならない。
ちなみに、私は超1の講評において『作品』という単語を
使ったことがない。 『作品』=『作った品』というイメージが
あるから避けてきたのだ。
が、これに関しては『作品』と言い切る。
文章・−1 構成・−1 ネタ・−1 恐怖・−1


名前: 暗沌子 ¦ 14:03, Wednesday, Apr 01, 2009 ×


 これはあらゆる医師や救急医療に関わる全ての人、そしてこの超-1に参加する投稿者閲覧者皆に対する冒涜でしかない。-4までしかペナルティがないというのがつくづく残念だ。
 ゲーム脳を否定しておいて直後にそれを肯定してしまう、という作者の知性にも疑問符しか感じられない。

名前: ときの ¦ 13:21, Monday, Apr 06, 2009 ×


怪奇2 文章1
ゲーム脳。現代社会的テーマで恐ろしいお話だと思います。
文章も独白型で独特で読みごたえはありました。
大きくとらえれば怪談のジャンルにかろうじて入るのでしょうが、こういった恐怖は何て言ったらよいのでしょうかね?
子供たちが死んだ友達の前に蘇りの呪文を唱える場面は、結構ぞくりときました。私は新しい試みとして評価させていただきます。

名前: じゅりんだ ¦ 17:27, Wednesday, Apr 08, 2009 ×


怪談じゃないです。
病院はそんなにずさんじゃありません。ましてや救急外来です。実在したら大問題です。

名前: 悪夢狂乱丸 ¦ 21:33, Thursday, Apr 09, 2009 ×


筆者は何をしたかったのでしょうか。いまや、科学的根拠がないと言われている「ゲーム脳」を引き合いにして、死の扱い方への問題提起をなさりたかったと? 現役のお医者さまとは思えない論調はともかく、一番の問題はここのどこにも怪異がないということです。

名前: ひ ¦ 17:16, Tuesday, Apr 21, 2009 ×


とても興味深いお話をありがとうございました。
前半部分の見解に対してもなるほどなるほどと思いながら読ませていただきました。
でもその既に死んでしまっている子供ですが、死体であっても一応人の目に触れられる程度の処置を施して子供達に見舞わせたのですよね?
というか、生者あってもで面会謝絶なんて言葉もあるのに、そういう事が出来るのかどうかはわかりませんが。
医師の知人がいないので疑問に思う点は色々あり、消化不良なままな疑問点が多いのですが、そこはまぁ良いでしょう。

怪異は無いですがある意味ゾッとしました。

名前: 緋咲 ¦ 07:32, Tuesday, Apr 28, 2009 ×


一見コラムっぽいですが、これは怖い。いや怖いなんて安易に済ませてはいけない話ですね。死体相手にザオリク・・・。文章も一般的な怪談口調ではないにせよ、長いわりにはすんなり読めて、主観がたっぷり入った脱線もすんなりもどれて、都会ではあまりみられない死にたいする経験の問題提起もあり、現代の怪談だと思います。実話ってこういうことでしょう。そう、最近若い人で成人してるのにお葬式の経験がない人に出会ってビックリしたところです。命については若いうちに考える機会はあった方がいいと思いますね。

文章:2
体験:2

名前: もめん ¦ 11:52, Tuesday, Apr 28, 2009 ×


怪談ではない。

名前: sage ¦ 12:06, Tuesday, Apr 28, 2009 ×


子供なら友達を生き返らそうと思って呪文を唱えるのもありだと思うのですが、いけない行為でしょうか。
子供は子供なりに一生懸命だったのかもしれません。

犬が死んだら「パパ、電池新しいのと換えて」という現代っ子とくくりは同じと作者の方は言いたいのでしょうか。

まぁ、死者を前にして全員で呪文唱える様子はSF映画の「光る眼」に出てくる子供達みたいで不気味ではありますが。

病める現代が抱える怪談というジャンルでしょうか。

名前: 桜子 ¦ 14:55, Tuesday, Apr 28, 2009 ×


余りにも不自然な状況の描写が多く、また文章にもそれを納得させるだけの力量がないため、実話怪談としての評価は厳しいものになります。
病院内で救急外来の元に子供が集まるという状況が、百歩譲って起こりえる可能性があるとしても、この書き方では読者に賛同してはもらえないでしょう。

名前: へみ ¦ 02:28, Wednesday, Apr 29, 2009 ×


これは怪談とは呼べません。

名前: SPダイスケ ¦ 13:58, Wednesday, Apr 29, 2009 ×


文章・・・-2
希少度・・・-2

死をタブー視することは良くないということが言いたかったようですが、ここは実話怪談を競うコンテストです。
そしてこの作品にはなんら怪異は描写されておらず、怪談とは言えません。
死体を前にゲームに登場する呪文を唱える子供というのは、話としては面白いと思います。
しかしそれがどんなに面白い話であろうと、どんなに素晴らしいことを主張していようと、それが怪談でない以上、ここでは最低点を付けざるを得ません。

名前: 鹿太郎 ¦ 20:56, Thursday, Apr 30, 2009 ×


 言いたい事はわかるが、怪談ではないですね。
 この呪文も子供なりの祈りだったのかもしれない。
 まさか生き返るとは思わないだろうが、それでもすがりたかったんじゃないかな。 どうして死んじゃったの、生き返ってよという。 


 【文章技術評価】 −1
 【体験談希少度評価】0 
 【話の構成】 −1
 【怖さ】 −1

名前: ミミちゃん ¦ 23:15, Thursday, Apr 30, 2009 ×


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