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市原さんは学生の頃、デリバリーのピザ屋でバイトしていた。 そのピザ屋は普段でも忙しい店なのだが、お盆ともなると帰省で休むバイトが増えるために人手が足りなくなる。 そうなるといつもの三倍は忙しい。 配達担当も三倍に増えるのだ。
とにかく早く捌くために、普段通らないような近道もする。 その日配達に向かった得意先は、途中に大きな墓地があり、敷地に沿ってぐるりと迂回しなければならなかった。 行きこそ通常通りの道を使ったものの、思いの外時間が掛かった事に市原さんは焦った。 そして時間短縮のため、いつもなら決して使わない道をバイクで通り抜けたのである。 墓地の中を通る参拝者用の細い道だ。 幸い、見咎められる事もなくスムーズに通る事が出来た。
「ラッキー♪」
つい、そう口に出してしまった。
その晩のこと。 市原さんはクタクタに疲れていた。 ロフトベッドの下に着ていた服を放り出し、シャワーを浴びるのもそこそこにベッドによじ登ると、そのまま倒れ込むように眠りに落ちてしまった。 だが、暫くするとぶつぶつと呟く誰かの声で目が覚めた。 寝返りを打って声のする方を向くと、ベッドの横に若い男の横顔が見えた。
「ちくしょう、ちくしょう」
ずっとそう呟いている。 年の頃なら16〜7歳くらいだろうか。 赤いチェック柄のシャツの襟が見えている。 ロフトベッドの高さから比べると、身長は自分と同じくらいのようだった。 半分夢うつつの状態で「うるせぇな、何が『ちくしょう』だよ」などと思っていると、男が体ごと顔の向きを変えた。
「このやろう」
突き刺さる視線と敵意のこもった声に、市原さんの頭はハッキリと覚醒した。 額から一筋の鮮血を流し、市原さんを睨み付けている男の顔がそこにあった。 夢ではないとわかった途端、全身が総毛立つ。
「このやろう」
市原さんは自分に向けられた言葉に慄きながらも、男から目が反らせなかった。 目を反らしたら、何かされそうな気がしたのだ。 どのくらいそうしていたのか、暫くすると男は市原さんを見据えたまま、ゆっくりベッドの下へスライドしていく。 まるで膝を折ってしゃがむように。 やがて頭の先まで隠れて見えなくなった時、市原さんは弾かれたように飛び起きた。 そうして恐る恐るベッドから下を覗いたが、パイプに掛けられたいくつかのハンガーと、自分が脱ぎ捨てた服が無造作に置いてあるだけで、男の姿はどこにもなかった。
朝になり、市原さんは体を引きずるようにして仕事へ出掛けた。 あれから朝まで殆ど眠れず、体が酷く重かった。 少し熱っぽくもあり、本当は休みたかったがそういう訳にもいかない。 いつものようにバイクで配達に出掛けた。
一軒目の配達が終わり、店へ戻る途中の事だった。 目の前を走っていた車が停車したので、それを避けて横を通り過ぎようとした瞬間、バンッという衝撃と共に前方へ弾き飛ばされた。 市原さんが停車中の車の運転席の真横に差し掛かったと同時に、ドアが開けられたのである。 大怪我は必至と思われたが、バイクは走行不能な程壊れたにも関わらず、市原さんには怪我はなかった。
警察の事情聴取が終わってから、市原さんはその足で店に帰り、午後からまた再び店の予備のバイクで配達に出る事にした。 相変わらず体は重かったが、怪我もなかった事だし、とにかく店の忙しさを考えればこのまま休むのも気が引けたのだ。 そうして配達に出た10分後、信号のない交差点を直進で入った時だった。
――ドンッ
体の右側に感じた激しい衝撃と同時に体が宙に浮いた。 次の瞬間、市原さんは道路に叩き付けられた。 体から離れたバイクが、凄まじい音を立てて転がっていく。 市原さんは右側から走ってきた乗用車に撥ね飛ばされたのである。 事故の衝撃の激しさに、その場に居合わせた誰もが「死んだ」と思って疑わなかったのだが、またしても市原さんは無傷だった。 あれだけ酷く体を打ち付けたというのに打ち身すら負わなかった。 バイクは大破したにも関わらず、である。
「また君か」
駆け付けた警察官は、一度目の事故の聴取をした人と同じだった。 日に二度も事故に遭った事に半ば呆れ顔で話を聞いていた警察官だが、不思議そうに首を捻る。 聞けば、事故の加害者が二人共に同じ事を言うのだという。 誰もいない事を確認したのに、ぶつかった瞬間に突然そこに湧いて出たように市原さんが現れた、と。 唖然とする市原さんに警察官はこうも言った。 彼等はピザ屋のユニフォーム姿の市原さんが、その時は「赤いチェック柄のシャツを着ていた」と言い張っていると。 市原さんは改めて全身から血の気が引くのを覚えた。
その晩、市原さんは四十度近い高熱を出した。 結局それから三日間寝込んでしまい、バイトを休む事を余儀なくされた。
以来、どんなに急いでいても安易な近道をしなくなったと市原さんは言う。 「急がば回れ」という言葉の意味を身を持って知ったのだと、そう言って苦笑いを浮かべた。
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■講評
同じ日に2回とは珍しいですね。 しかも市原さんに怪我がないところが奇怪ですね。 これ以降は熱が出たくらいで特になにもなかったんですかね? 怪異としてはやや弱めではありますが、文章で上手く料理してあって、なかなか面白かったと思います。
文章:2 怪異:0
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名前: PM ¦ 18:54, Wednesday, Mar 25, 2009 ×
あれっ? でもそれで許してもらえたんですね? 良かったね。 読みやすいし、こういう方に 凄いネタが転がってくれないかなぁ…。
文章1 構成1 |
名前: ほおづき ¦ 21:14, Wednesday, Mar 25, 2009 ×
文章がお上手で、とても快適に読めました。 赤いチェックの男性が仕掛けた事故のように思えるのですが、無傷なところが不思議でした。 あと、血まみれで「ちくしょう」と出てきたのはピザのバイクで墓地を通ったときに 実はこの男性の霊を轢いてたって可能性は無いのかちょっと考えました。
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名前: ゑな ¦ 22:40, Wednesday, Mar 25, 2009 ×
| この急がば回れという意味は、どんなにお盆で忙しくても配達の仕事で一刻を争う事があっても、墓地の中を通る参拝者用の道などはいかなる理由があっても通ってもいけない事だと思った。気持ちの悪い文章であるから。 |
名前: ジャック ¦ 23:41, Wednesday, Mar 25, 2009 ×
文章は読みやすいですが、事故を起こすまでが少し長く思えました。 バイクが大破する様な事故なのに体験者が無事、というのはやはり怪異のうちなのでしょうか。不思議です。 が、事故を起こしてもそのまま仕事を続けられるものなのでしょうか?職場としても仕事をさせるものでしょうか? 軽傷でもたいがいは念のために救急病院に運び込まれて、レントゲンの一枚も撮られると思うのですが。
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名前: ひぐらし ¦ 23:41, Wednesday, Mar 25, 2009 ×
文章 1 怪異 1 怖さ 0 衝撃 0
同じような年格好の青年がバイクで走っていったのがさほど妬ましかったのだろうか。祟り方も半端ではなく、二度あることは…というので三度目が恐ろしい。 但し、人身事故を起こされていながら病院へ搬送されていないので、ここのところは(事実であると信じるにしても)念を入れて貰いたいですね。 |
名前: くりちゃん ¦ 10:55, Thursday, Mar 26, 2009 ×
墓地の中を通る参拝者用の細い道を通り抜けただけでこれだけの被害に合うとは・・・赤いチェック柄のシャツの奴、恐るべし。 二回もそんな目に合うのだから偶然というのは考えにくい。 ただ怖いという感じは無かったので。 |
名前: 黒蜜椿 ¦ 14:44, Thursday, Mar 26, 2009 ×
馴染める文章だなぁ…もう、それだけで評価高いです。書けば書くほど文章力が上がるのは確かでしょうが、それでもやはり最後の決め手はセンスだと思います。 起こった怪異も面白い。チェックの兄ちゃん、えらい怒ってるなぁとw 文章・1 構成・1 ネタ・1 恐怖・1 |
名前: 暗沌子 ¦ 19:41, Thursday, Apr 02, 2009 ×
| おもしろかったです。引き込まれました。無傷で済んでるので、お灸をすえたってとこなんでしょうね。いい幽霊さんですね。たぶん。 |
名前: 悪夢狂乱丸 ¦ 23:03, Thursday, Apr 09, 2009 ×
怪奇1 文章0 ともかく大そうなことにならなくてよかったですね。 |
名前: じゅりんだ ¦ 04:14, Friday, Apr 10, 2009 ×
いやー、墓地をバイクで通行してはダメでしょう。知らずにどこか引っかけたのかもしれませんよ。現れた幽霊の額から血が流れているのですから。でも懲らしめだけで済んで良かったですね。文章も読みやすかったと思います。
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名前: ひ ¦ 13:26, Wednesday, Apr 22, 2009 ×
事故に遭わせるのが目的だったとしても、怪我をしないのは何でなんでしょう。 しかしそこをバイクで通っただけでそんな目に遭わされるとは、本当によっぽど通っちゃいけないところだったのか彼に何かあったのか何なのか…。 とにかく無事で良かったですね。 |
名前: 緋咲 ¦ 17:36, Tuesday, Apr 28, 2009 ×
| 怪異的には弱めですが、読みやすい文章で好感が持てました |
名前: SPダイスケ ¦ 14:30, Wednesday, Apr 29, 2009 ×
普段通らない道を通っただけでこれだけの目に遭うとはお気の毒ですね。 一日に二度事故に遭うというのはかなり起こりづらく、男の霊の仕業と思えてしまいます。 文章、希少度合わせて+1ということで。 |
名前: へみ ¦ 19:06, Wednesday, Apr 29, 2009 ×
文章・・・0 希少度・・・1
希少度の1点は一日に二度も事故に遭わされたことに対する点です。 市原さん自身を操るのではなく、加害者側に働きかけているその存在のやり口がなんとも回りくどくて興味深く思いました。 怪我をしなかったのもその存在の意思だったのでしょうか? そこも不思議です。 |
名前: 鹿太郎 ¦ 21:36, Thursday, Apr 30, 2009 ×
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