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まだ学生だったある夏の夜、香川県在住の徳永さんは友人の田宮さんと中村さんと共にドライブに出掛けた。
ある山のキャンプ場近くの溜め池に着くと、田宮さんは水際まで走っていく。
靴を脱ぐと水に足を浸した。

「冷たくて気持ちいいぜ」

そう言いながら、田宮さんは手招きをする。

「俺らはいいよ」

徳永さんはジーンズのポケットから煙草を取り出すと、一本口にくわえた。
ライターの火がチリチリと音を立てながら、煙草の先に移る。

「で、話って何だ」

元々は田宮さんが相談事があると言うので、ドライブがてらわざわざこんな所まで来たのだ。
彼女との関係で悩んでいたらしいのは知っていたが、その先をなかなか話さない田宮さんに徳永さんは少し苛立っていた。

「うん…」

田宮さんの返事はハッキリしない。
煮え切らないその態度に腹が立ち、田宮さんの方へ足を一歩踏み出した時だった。
それまで下を向いて、軽く水音を立てながら水面を蹴っていた田宮さんが、不意にずぶずぶと池の中心に向かって歩き出した。
既に膝まで水に浸かっている。
徳永さん達は慌てた。
田宮さんは泳げないのである。

「何やってんだよ」

足が濡れるのも構わず池に入り、徳永さんは田宮さんの腕を掴んで引き戻そうとしたが、反対に物凄い力で引っ張られた。
そうして徳永さんを引き摺ったまま、更に池の中心へ進もうとする。

「おい、手伝えっ! 」

徳永さんは水際で唖然として見ていたもう一人の友人、中村さんに向かって声を張り上げた。
呼び掛けで我に返った中村さんが、腕を振り切って前に進もうとする田宮さんの体を後ろから羽交い締めにすると、すかさず徳永さんはその足を抱え上げた。
その状態で岸に上がり、そのまま無理矢理車に押し込む。
そして後部座席で暴れる田宮さんを中村さんが押さえている間に、徳永さんは車を急発進させた。
とにかくこの場所から離れなければいけない。
二人とも、何故か強くそう感じていた。

半分山を降りた頃だろうか。
急に田宮さんが大人しくなった。

「田宮? 」

中村さんが声を掛けると、まるで今目覚めたかのような大きな欠伸をする。

「ごめん、寝てたわ」
「はあ?!」

徳永さんと中村さんは呆気に取られた。
田宮さんは池での事を覚えていなかった。
いや、正確には覚えていなかったのではない。
夢だと思っていたのだ。
自分は車を降りずにずっと寝ていた、池に着く少し前から眠りに落ちていたのだと。
その証拠に夢を見ていた、と田宮さんは主張する。

「夢? 」
「うん、すっげぇ気持ち悪いの」

夢の中で、田宮さんは池の前にいた。
足が火照って火傷をしそうに熱くて、水に入ったらどんなに気持ち良いだろう。
そう思った。
次の瞬間、自分は水の中にいた。
冷たさが心地良くて、徳永さん達に声を掛ける。

「冷たくて気持ち良いぜ」

振り返った先には闇が広がるばかりで誰もいない。
自分一人が違う空間に取り残されているかのようで、急に不安になった。
戻らなきゃいけない。
そう思った時、足を掴まれた。
足元に目線を落とすと、白い手が水の中から伸びている。
恐怖に全身が粟立ち、そこから逃れようとすると、水の中から一面にうねうねと無数の手が現れ、自分の体に絡み付いた。
そのままどんどん沖の方へ引き摺り込もうとする。
池はシンとして静まり返り、自分がもがきながら立てる水音さえ聞こえない。
逃げようと必死になって手足をむちゃくちゃに動かしたところで目が覚めた。
夢だったと安堵したのもつかの間、自分を呼ぶ声に顔を上げると、いつになく怖い顔をした中村さんと目が合った。

「だから寝ちゃって悪かったな、と思って」

徳永さんと中村さんは狐に摘まれた気分だった。
二人がいくら説明しても田宮さんはなかなか本気にしなかったが、自分の体が濡れているのを見て信じざるを得なかったようだ。
車を降りる段になって靴を置いてきてしまった事に気付いたが、さすがにその日は三人とも取りに戻る気にはならなかった。

翌日、昼間の明るい時間になってから靴を取りに行ったが脱いだ筈の場所に靴はなかった。
岸から10メートル程離れた岩の上に、つま先を岸に向けた状態でキチンと揃えて置かれていたのである。



06:19, Wednesday, Apr 01, 2009 ¦ 固定リンク ¦ 講評(17) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(5) ¦ 携帯


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■講評

取りに行けない所に靴を持って行くなんて、
ちっちゃな抵抗を(笑)!
類話をよく聞く話だけに、ううん…と思いましたが、
体験者さん達は心底びびったでしょうね。

文章1

名前: ほおづき ¦ 15:29, Wednesday, Apr 01, 2009 ×


うん?
これはつまりどこから怪異が始まっていたんでしょう?
田宮さんの相談事というのがハッキリしないため、この怪異にそれが絡んでいるのかが解りませんでした。
偶然この怪異に遭ったのか、相談事を餌にして呼び出されたのか、それ次第で怖さの度合いも変わってくるので、そこだけちゃんと描写されてたらな、と思います。

文章:0 怪異:1

名前: PM ¦ 20:18, Wednesday, Apr 01, 2009 ×


体験者の立場になれば、なかなかに怖い…というかびっくりさせられた話だと思います。
しかしどうして田宮さんはそんな状態になったのでしょうか?結局わからずじまいだったのでしょうか?そこが消化不良に思えます。
最後の靴のくだりは怪異かどうかはわからず、蛇足だったのでは?
靴を見かけた誰かがいたずらでそうしたのかもしれません。




名前: ひぐらし ¦ 21:32, Wednesday, Apr 01, 2009 ×


どこまでが田宮さんの「夢」だったのか考えると怖くなりますね。
相談事は本当に田宮さん自身が持ちかけた事だったのかな?と疑いがどんどん広がっていきました。
広がりすぎて、どこから怪異だったのかが分からなくなってしまって・・・すいません。

名前: ゑな ¦ 22:44, Wednesday, Apr 01, 2009 ×


文章 1
怪異 1
怖さ 1
衝撃 0

瀬戸内地方には溜池が数多く存在する。少なからず人柱の話も聞く。
「田宮」さんは悩み事を持って心に隙が出来ていたのではないだろうか。すかさず溜池の住人がそこにつけ込み…というように解釈した。
夢見心地にさせて、あちらに取り込もうとは敵もいろいろワナを考えている。
靴の置かれ方にはユーモアを感じる。

名前: くりちゃん ¦ 23:16, Wednesday, Apr 01, 2009 ×


この田宮さんという人は、泳げないにもかかわらず池の中へ、意識が眠っている状態のまま誘われるままに、その光景を徳永さんと中村さんは見ていたに違いない。しかし、この二人が気がつかなかったら恐ろしい結末が待ち受けているだろうから。

名前: ジャック ¦ 02:27, Thursday, Apr 02, 2009 ×


やけに生々しい感触を得たのは私だけだろうか。実話怪談の大会に、こんな講評を書くのも如何なものかと思うが、胡散臭い話ばかりが目立つ今大会において、このような話は心底ありがたいと感謝する。
最後の靴の件、ちっちぇ嫌がらせだなと顔が綻んだ。
文章・1 構成・1 ネタ・1 恐怖・0

名前: 暗沌子 ¦ 09:45, Sunday, Apr 05, 2009 ×


 寝ぼけていた、もしくは夢遊病的な行動である、とも取れる。靴については人為的な行為としても全く不思議はない。
 それにいくら動転していても車の運転者が裸足で運転していて気付かない、というのはにわかには信じ難い。

名前: ときの ¦ 18:06, Monday, Apr 06, 2009 ×


ときのさん、靴を脱いだとはっきり書かれているのは田宮さんだけです。
他の二人は足が濡れるのも構わず池に入ったとあるから、靴は履いたままなんじゃないですか?
きちんと読んでから講評しないと読解力がないと思われますよ。

名前: 通りすがり ¦ 18:46, Monday, Apr 06, 2009 ×


怪奇1 文章0
水難者の霊に呼ばれたのでしょうか。まとまってはいると思いますが緊迫感が少し足りなかった気がしました。

名前: じゅりんだ ¦ 23:51, Tuesday, Apr 14, 2009 ×


見ている人が居なかったら夢と思って終わっていたかもしれないですね。
靴の件は不思議だと思うのですが、怖いと思う決定的ななにかが欠けているような気がしてしまって、怖くはなかった。
すみません。

名前: 黒蜜椿 ¦ 17:46, Saturday, Apr 18, 2009 ×


田宮さんが引っ張っていたと思いきや、無数の手に田宮さんもろとも引っ張られてたんですね。怖いです。

名前: 悪夢狂乱丸 ¦ 17:03, Sunday, Apr 19, 2009 ×


田宮さんが水際に走って行った時からすでに夢遊状態というか、怪に取り憑かれていたのですか。おちおち眠っていられませんね。沢山の手が生者を引っぱるという話は多いですが、現実と夢と怪異が同時進行している話は知らないです。10メートル先にあった靴の下あたりに水死体があったりして…?

名前: ひ ¦ 14:32, Monday, Apr 27, 2009 ×


「キャンプ場」「溜め池」「ドライブ」
いいキーワードですねぇ。
絶対出ますね、これは。

田宮さん、何かに憑かれていたのに、自分では夢をみていたつもりなのですね。なかなか面白い展開でした。
靴、取りに戻ったんですか。
でも、気持悪くて履けないでしょ、あきらめましょうよ。

名前: 桜子 ¦ 14:08, Tuesday, Apr 28, 2009 ×


文章は非常にお上手なのですが、怪異的にはありふれているように感じてしまいました

名前: SPダイスケ ¦ 15:26, Wednesday, Apr 29, 2009 ×


夢の描写がリアルでゾッとしました。
岸に向かれて置かれていた靴というのも何だかメッセージがこめられているようで益々気味悪いですね。

田宮さんが選ばれたのは、悩み事で心に隙が出来ていたからなのでしょうか。

名前: 緋咲 ¦ 03:55, Thursday, Apr 30, 2009 ×


文章・・・1
希少度・・・0

怪異の大半が夢であるのは残念ですが、まるで何かに憑かれたような行動と、後日靴がおかしな場所に揃えて置いてある事実が不気味さを際立たせています。
その溜め池に行ったのも何かの意思に引き寄せられたのではないかとまで深読みしてしまいます。
全体の構成としては田宮さんの台詞が冒頭と夢の場面でリンクしているなど、きちんと考えられていることが解り、好印象です。

名前: 鹿太郎 ¦ 22:01, Thursday, Apr 30, 2009 ×


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