超-1/2010審査用チェックリスト
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もう二十五年も経つが、今でもあの時の顔を思い出す、吉村さんはそう切り出した。
彼が住む町の外れに、小高い山があった。山肌の所々に横穴が開いている。父に訊くと、防空壕の跡だということであった。 特に柵は設けられていなかったが、好んで入ろうという者はいなかったらしい。 ある夏の夜。吉村さんは高校受験のことで父親と派手に喧嘩し、家を飛び出した。深夜であり、友達の家に行くのは気が引ける。今とは違い、深夜営業の店は少ない。そもそも金を持ってきていない。ふらふらと歩き続けているうちに、雨が降り始めた。弱ったなと辺りを見回すと防空壕が見えた。 夜見ると、さすがに怖い。大きな穴は足を踏み入れるのも躊躇われた。その点、小さな穴は何となく安心に見える。意を決して、吉村さんは足を踏み入れた。湿った地面と岩肌が黴臭かったが、吹き込んでくる雨風に背中を押され、中まで進んだ。 雨音を聞きながら暗闇に潜んでいると、なんだか自分が独りぼっちになった気がして、吉村さんは家に帰りたくなってきた。 よし、帰って父親に謝ろう。立ち上がりかけた吉村さんは、何かの気配を感じて振り向いた。人の姿はしていたが、人では無いことは直ぐに判ったという。 穴の奥、闇が深い場所で、それはうっすらと光っていたのだ。悲鳴をあげる余裕すらなく、吉村さんは四つん這いで逃げ出そうとした。 「あの…」 意外なほど可愛い声で呼び止められた。 「正直に言うと、すごい好みの声でした」 恐怖よりも好奇心が勝り、吉村さんは振り向いてしまった。 歴史の教科書で見たことのある格好だ。もんぺと白い上着。頭には防空頭巾を被っている。 上着の左胸に名札が縫い付けられており、奥山恵美子と書かれてあった。防空頭巾から覗いた白い顔は、吉村さんと同じ年ぐらいの少女だった。 「初めて見た時は驚きましたね。そこら辺のアイドルなんか足元にも及ばないぐらい可愛らしかったですからね」 ぽかん、と口を開けて見惚れる吉村さんに少女は問いかけてきた。 「空襲、もう終わりましたか? 」 「え。くうしゅう? ああ、空襲。いや、戦争は…」 ここで吉村さんは躊躇ってしまったそうだ。戦争なんかもうとっくに終わっているよ、と答えてあげるのが一番良いのは判っている。 でもそこで話は終わってしまう。出来ればもう少しこの子を見ていたい。 この世の者でない事は重々承知の上だが、それでも尚、ずっと話をしていたいと思わせる美貌だった。 「あ、あの。君はこの辺りの子? 」 「はい。新町」 相手を警戒しているのか、最初は口数が少なかった少女は、徐々に己の事を話し始めたという。空襲警報が鳴り、たくさん爆弾が落ちてきた。はぐれてしまった母親と妹を探している途中、近くにあった防空壕に逃げ込んだのだけれど、そこから先を覚えていない。 外はまだ、空襲の最中なのだろうか。暗くてよく判らない。早く、母さんと妹に会いたい。 そこまで話し、少女は突然、苦しみ始めた。 「熱い。すごく背中が熱くて」 吉村さんは、僕が見てあげるよと背後に回り、そのまま息を呑んで固まった。 少女の小さな背中に、鋭い鉄の破片が突き刺さっている。肩甲骨の下あたりに深く食い込み、肉が弾けているのが見て取れた。 「それを見た途端、すごく怖くなったんです。やっぱりこの子、死んでるんだと思って」 用事を思い出したから、と立ち去りかけた吉村さんに向かい、少女は心配そうな声で無事を祈ってくれたという。 それからも吉村さんは、少女のことを気に掛けてはいた。ふとした時に、あの寂しげな姿を思い出しては、胸を痛めていたそうだ。いつかきっと、あの子に戦争が終わったことを伝えねばならないと己に言い聞かせていたのだが、高校生活の楽しさがその決心を鈍らせてしまっていた。 卒業の日。大学生になったら、しばらくは帰って来られない。行くなら今日しかない。吉村さんは仲間との懇親会を抜け出し、三年ぶりに防空壕へ向かった。 戦争は終わったんだ、もう空襲に怯えなくてもいいんだよと伝えてあげれば、成仏してくれるだろう。そう思うと、自然と顔がほころぶ。
「遅すぎたんです」 吉村さんがそこに見たものは、コンクリートに塗り固められた山肌だった。すぐ前の更地には、好評分譲中と書かれた看板が立っている。防空壕など、何処にあったかすら判らなくなっていた。。
「本当に可愛い子だったんです。なんとかして、笑顔にしてやりたかった」 吉村さんは、今でも時折、少女の姿を夢に見るそうだ。 そんな時は、いい歳の大人のくせに泣いてしまうのだという。
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受信: 03:36, Monday, Feb 22, 2010
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受信: 17:50, Monday, Feb 22, 2010
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受信: 13:24, Tuesday, Feb 23, 2010
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受信: 15:15, Friday, Feb 26, 2010
■講評
途中までは、普通の幽霊譚かなと読み進めてきたのですが、最後の塗り固められた云々から印象が変わりました。これでは彼女は、永遠に暗闇の中で震えていなけりゃならない。言葉は聞こえないかもしれませんが、想いは通じるのでは。教えてあげてください、戦争は終わったと。いっそコンクリートを壊してしまえw ネタ・1 構成・1 文章・1 恐怖・0 |
名前: 一反木綿豆腐 ¦ 11:26, Saturday, Feb 13, 2010 ×
吉村さんの気持ちがその霊に通じていればいいなと思います。 しかし、名前から会話まで、はっきりとわかるということはその霊がまだ自分が生きていると信じ込んでいるあかしなのでしょうか。面白いです。 |
名前: ぬんた ¦ 14:26, Saturday, Feb 13, 2010 ×
それは、こっちが泣きたいくらいである気持ちであると吉村さんに言いたいから。しかし、いくら防空頭巾の女の子が可愛いくても死んでては、しょうがないし、そんなに経ってからその現場へ行けば当然無くなるはずであるから。 非常に歯がゆい文であるから。 |
名前: 天国 ¦ 19:13, Saturday, Feb 13, 2010 ×
ただただ切ない。 死んだことを自覚していなくとも、自分がどれだけ重傷を負ったかは、その姿で出てくる以上、間違いなく自覚しているに違いない。 それでも話者を思いやる優しさと、その優しさに背中を向けてしまった罪の意識が、今でも話者の心に突き刺さっているのだろう。 コンクリート越しでも、花とお菓子を供えて成仏を願って欲しい。 その想いは間違いなく伝わるはずである。
文章にも問題なく、ストレートに伝わってきた。 この話が読めたことを感謝したい。 |
名前: amorphous ¦ 01:17, Sunday, Feb 14, 2010 ×
文章力 +1 稀少度 +1 怖さ +1 衝撃度 +1
これは切ないねえ。気にかけていたならば行動しなくっちゃ。 しかし、カワイイと思っていながら、背中の傷を見たら引いてしまう、「用事があるから」といって逃げ出してしまう…吉村君の弱さも描かれていて大変リアルだ。
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名前: つなき ¦ 19:12, Sunday, Feb 14, 2010 ×
可愛ければ霊でも良いって、困ったもんだな吉村さん…なんて思ったのは一瞬でした。 この先ずっと悔やみ続けることを思うと、「なぜ早く教えてあげなかったんだ」と責めるのも気が引けます。
「今からでも現地へ出向いて会えたら良いのに」とも思ったのですが、吉村さんだけ年をとっていて、自分は既に死んでいるのだと知ったら、ショック受けるだろうなあ。 吉村さんと会ったときから自覚していたとしたら、それはそれで悲しい。家族が見つけてくれると信じて待ち続けているなんて。 今はどうしているんだろう。閉じ込められているのかもしれない。他の誰かにも会えていると良いのですが。 正解がないというか、どう転んでも完璧なハッピーエンドはないというか。複雑な気分です。(+3)
その場その場の吉村さんの正直な気持ちに沿って進んでいくので、戦争絡みの悲しいお話によくある「お涙頂戴」の臭いがしてこなかった。 キレイ事だけピックアップされているよりも、この方が共感できます。私がヘソ曲がりなだけかもしれませんが。(+1) |
名前: 雨四光 ¦ 18:02, Monday, Feb 15, 2010 ×
これは良い話にめぐり合えました。 ひたすら切ないです。 あの子はずっとコンクリの中なのでしょうか。 別の人の手で、成仏できた事を祈りたいですね。
文章の方ですが、心情も良く伝わってきて、概ね読み易い文章だったと思います。 惜しむらくは、序盤、もう少し防空壕の描写が欲しかった事ですね。 どういう感じで横穴点在しているかとか、穴の大きさとか、その深さとか、そういった情報で、この話の肝に当たる防空壕での場面がよりリアルになると思います。 ここでの場面をもう少し読み手にイメージさせる事が出来ていれば、この話には満点を付けていたと思います。
文章:1 希少性:2
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名前: ていさつUFO ¦ 20:11, Monday, Feb 15, 2010 ×
男の下心が上手く出ています。 それをのぞいても、悲しくて、切ないお話ですね。 かなり好きな部類に入ります。 幽霊に無事を祈られるとは…なんていい幽霊なんだろう… |
名前: しゅん ¦ 22:36, Thursday, Feb 18, 2010 ×
よけいなお世話かも知れないが その新町に住んでいた[奥山恵美子]さん(仮名?)が その土地で実在していたことを何とか突き止め その子の親族や縁者に是非この話を伝えて欲しい。 もしお墓があるのなら吉村さんに出向いていって 戦争は終わったのだと、安心して成仏してほしいと 語りかけてほしいです。
防空壕で会った時に吉村さん好みの声や顔だったのは 引き止める為にそのように見えさせたのかも・・と思うのは 穿った考えか。 どちらにしてもせつなく、悲しい。 そんな霊がいる限り ある意味、戦争は終わっちゃいないのだ。 ありきたりな言い方だけども。
吉村さんの優しさと男の性(さが)ぶり?が 霊と遭遇しただけではなく実際に話し込んだという 一見信じられないような特異性をもつ話をリアルにしている(+1) 著者も、そんな体験者の感情の流れに沿うように 丁寧に話を進めていて優しい人柄が文章から読み取れ 好感が持てました。 (+2)
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名前: RON ¦ 14:03, Friday, Feb 19, 2010 ×
ええ話や……。顔とか言うからスプラッタかと身構えてたわ。 顔を見たいような怖いような複雑な読後感です。
しかし言わないでよかったかもしれませんよ。 本当にスプラッタになってたかもしれないし。
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名前: b ¦ 00:09, Monday, Feb 22, 2010 ×
吉村さんの感情の動きが非常に丁寧に描写されていますね。彼に自分を重ねるようにして読むことができました。冒頭からの情景描写や流れも、吉村さんの感情の暗喩に思えます。
人の心に念という力があるのなら、きっとこの少女に吉村さんの気持ちは伝わっていると思いますよ。でなくとも、もしかしたら工事中に誰かの前に現れて真実を教えてもらっているかもしれませんし。救いはあると信じます。 欲をいうなら、新町の奥村恵美子さんの系類を辿り、身内の方にこの話をお伝えしたりすれば、吉村さんの後悔も晴れるのかもしれないとも思います。かなり時間が経ってしまっているので、それは難しいことでしょうが、ご縁があるならいつか自然と巡り合うかもしれませんね。
・臨場感+1 ・没入度+1 ・表現+1 ・恐怖0 |
名前: ダイタイダイダイ ¦ 20:44, Thursday, Feb 25, 2010 ×
名前: 極楽 ¦ 12:02, Friday, Mar 05, 2010 ×
吉村さんは今でもずっと後悔の念にかられているのでしょうね。 「もっと早く行けば良かった」と。
防空壕の描写がもう少し詳しく書かれていたらもっと良かったのですが、そんなことを忘れさせてくれるくらいに、中身の詰まった作品でした。
少女の素性が分かる、というとても希少な体験だったと思います。 でもただただ哀しく切ない。
コンクリート越しでも、その子に声をかけて欲しいなぁ、と思ってしまいました。 吉村さんの気持ちもリアルに書かれており、感情移入もできた作品だったと思います。 |
名前: 鶴斗 密喜 ¦ 01:45, Saturday, Mar 06, 2010 ×
文章1 恐怖0 希少1 魅力1
何だか後味が悪いのですが…。 吉村さんの下心があまりにもリアルに想像出来るからかな。 私はそこで逆にがっかりしてしまったと言いますか。 素直な描写と言う点では何も問題無いんですけど、これは多分個人的な好みですね。 恵美子ちゃん可哀相。うう、悲しいよぅ。 しかも無事を祈ってくれるなんて、なんて良い子なんでしょうか。 男って……と思ってしまいました。
読み終わりタイトルを改めて見て、あぁ……って。 コンクリート越しでも良いから、お花やお水を供えてあげてほしいです。 そうしたらまた別の形で出会えるかもしれませんよ。 |
名前: 幻灯花 ¦ 09:18, Saturday, Mar 13, 2010 ×
霊に惚れてしまうってあるんですね 彼女もそんな吉村さんを頼って姿を現したのでしょうか |
名前: ゼリコ ¦ 22:48, Monday, Apr 05, 2010 ×
すいません、私にはテレビの心霊ドラマの様にしか思えません。 |
名前: どくだみ茶 ¦ 16:17, Thursday, Apr 08, 2010 ×
切ないなあ。これは切ないなあ。 怪談じゃなくて、これは恋の話だなあ。
\吉村ぁ!ちょっとコンクリ崩してこいやぁ!/
でもそれは無理でしょうから、せめて祈ってください。 いい話でした。 |
名前: 捨て石 ¦ 21:07, Monday, Apr 12, 2010 ×
怪談点・・・2 文章点・・・2
亡くなった人としっかり会話していること、名前と彼女がどうやってそこに来たのか、そして恐らくは死に至った経緯まで知ることができたこと、それらはとても希少な体験だと思います。
それ以上にこの作品を魅力的にしているのは、体験者がその時抱いた感情をこちら側にまで直接伝えるその筆致。 戦争という背景と物悲しい結末も相まって、一つの体験談が見事な作品に仕立て上げられています。
ひねくれ者の私でも素直に好きになれました。 |
名前: C班 山田 ¦ 20:43, Saturday, Apr 17, 2010 ×
いい話なんですよ。それで、体験者の対応も実にリアルだと思ったんですけど……なんというか、講評をしていて初めて己の心の狭さを感じましたね。ともかく、「一般的な読者が実話だという前提で読む」怪談としての判定をさせて頂きました。 |
名前: 丸野都 ¦ 20:56, Monday, Apr 26, 2010 ×
ネタ・恐怖度:1 文章・構成 :1
文面から、話者の後悔の念が滲み出てくる。怖さの度合いはさほどでもないが、一種の美談に仕上がっている。
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名前: オーヴィル ¦ 22:21, Thursday, Apr 29, 2010 ×
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