遺伝記/2008
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人は考える葦である
 人は考える葦である。
 逆だったら、葦は考える人である。となるのだが非常に訳のわからぬ話になるのであって、葦が人でありものを考えているのであれば、考えない葦はなんなのだ。
 などとハローワークから帰る道すがら、やくたいももないことを思い浮かべながら歩いていたら、いつの間にやら川っぺりに出ておった。
 川面に塵や油が少々浮いた、二級河川ほどのチンケな川である。
 ふと見ると、干潟に葦が群生しており、なんとタイムリーなこれぞシンクロニシティとひとり感嘆の声を上げてみたりしたのだが、はっきり言って何の意味もなく、真っ昼間の川縁で俺は莫迦かと意気消沈&呻吟&Singin’したのである。
 ところがこの葦。
 よく見ると、実に頼りなげでありながら、どこか一本芯が通っているように思える。まあ実際には茎の中は中空であり、芯など通っておらぬのだが、そう見えたのだから仕方がない。風流。風雅。こいつを持って帰り、和室の床の間にある花瓶にでもぶち込んで茶でも麦酒でも発泡酒でもいてこましたら大変に具合がよろしいのではないかと、思い立ったのである。職がみつからぬことからの現実逃避だと思われる向きは思えばよろしい。
 俺は靴を脱ぎ、護岸の壁面を降りていった。水辺に立つと、水を含んだ土が足の指の間からにゅるりにゅるりと押し出され、なんともはや気色いいのか悪いのかわからぬまま、あひゃうひゃと声を上げながら俺は葦の茂みを目指した。
 漸くたどり着き、葦に手を掛けると、なにやら茂みの奥から視線を感じる。
 なんじゃい? と見つめると、葦の隙間からちらりちらりと血走った目が覗いた。
 少しだけ驚いた己にむかっ腹を立てつつ、目の前の目玉向けて、大声でどやしつけた。
「くらぁ! なんやわれ? なにみとんね? ああ?」
 目玉はぐるりと一回転をして半月型に変わる。笑っておる。これは莫迦にされている。
 俺は頭に血が上るのを感じながら、茂みの奥に踏み込んだ。
「なんやねん? なんか文句であんのか? ああ?」
 勢いよく突っ込んだ俺の足が止まった。
 茂みの奥。干潟のど真ん中に、とてつもなく太い葦――最初は竹かと思ったほどだ――が一本立っていたのである。
 そしてその葦には、血走った目がひとつ、ぽっこりとついていたのだ。
 ははぁ、先ほどから俺を見て笑っておったのは、こやつであったのか。
 と、冷静になっていく己の剛胆さが、自分でも意外であった。
 なんとなく手近にあった葦を折り、斜めに割れた尖ったほうで、目の前の目玉を突いてやろうとしたときだった。
 太い葦の一部、張り付いた目玉の真下の辺りが横一文字に割れ、ぱくぱくと動いた。
『あんさん、あんさん。ちょいまちいな。葦で儂の目ん玉ぁ突こうってのなら、やめてんかぁ。儂なんもしとらんやんけ、ただの葦やんけ』
 昼間から飲んだくれてくだを巻いているような、穀潰しのおっさんの嗄れ声だ。
 葦が喋ってけつかる。何故か知らぬが、むやみに腹が立った。
「ただの葦には目ん玉もついとらんし、言葉も発っさんわ、ボケェ」
 目玉葦を右手でこづくと、ぼこんと間の抜けた音が響いた。
『あいた。何さらすねん、善良な葦やで、儂。って、あいた、あいたた』
 やはり何か腹の立つ物言いだったので、俺は目玉葦を思う存分ぶん殴った。殴り終えると、今度はさっき折った葦を、奴の目玉に突き立てようと握り直す。
『ああああんちゃん、刺すのだけはやめてんか? わかった。なんかいうてみ。なんでも願いを叶えたる。でも一個だけやで。あいや』
 俺は手を止めてやった。
「ほんまか? ほんま願い事叶えるんか?」
『ほんまや、ほんまや。だからもう堪忍や』
 俺は腕を組んで考えた。こいつは本当に願いを叶えてくれるのか。それ以前に、この異常な状況において、己が行っているこの行動からして夢ではないか。
 自分のほっぺたをつねり上げると、痛みが走る。夢ではなさそうだ。
「……ほな、俺を金持ちにしろ。一生働かなんと遊んで暮らせるくらいや」
 あまり考えずに口を突いた願いがこれである。流石無職。
『おやすい御用や。あんさん、家に帰ってみぃ。もう金持ちやで』
 目玉葦が調子のよいことをべらべらとまくし立てる。
「おう。もしなんもなかったら、またここにきて、これやさかいな」
 俺は手に握ったままの葦を、目玉葦の目玉に突きつけた。
『儂、嘘なんかつきひんわ。ほんまやで。あんさん、とっとと帰って確かめ。な?』
 俺は岸部に向かいながら、もう一度念を押した。
「嘘やったら、いてこますからなぁ。覚えときやぁ」
 遠くなった干潟から小さな声で『信じてやぁ』と答えがあった。

 家路を急ぐ俺の頭の中で、あれやこれやが渦巻いていた。金持ちになったら何をしてくれようか、まずは家を新築でぶち建ててやろうか、それとも世界の銘酒を取り寄せて、朝から晩まで飲み続けてやろうか。ほくほくうまうまと小走りに街中を駆け抜けたのである。
 我が家にたどり着き、靴を脱ぐのももどかしく、俺は上がり框からどら声を張り上げた。
「おう、たらいまぁ。なんか留守中ええことなかったかぁ?」
 が、まったく応えがない。嫁はでかけているのか? いつもはいるはずだが。
 なにやら家の中が寒々しく、薄暗く感じる。
 ばたばたと狭い我が家の部屋をひとつずつ覗いていくが、嫁の姿が見えない。
 最後、夫婦の寝室のドアを開けた。俺の喉の奥から、フルートのような音が漏れた。
 ベッドの上に、着の身着のままの嫁が横たわっていた。
 顔に何か一本突き立っておる。葦だ。右目に葦が突き刺さり潰れている。さほど血は流れておらぬ。代わりに俺の全身に汗が噴き出した。
 顔色からしてどう見ても生きてはいない。ただの屍。残された左目が空ろに天井を見つめているのがどこか間抜けであった。
 薄ら笑いを浮かべてへたり込む俺の後ろから小さな声が届いた。
『ひゃっは。ほんまやったやろ? 嫁の保険金で、うはうは生活せえやぁ、あんちゃん』
 振り返るが誰もなにもいなかった。俺はもう一度喉のフルートを長く長く鳴らした。

 このあとの俺はどうなったのか? ってぇとだ。
 まず、嫁の死因は、急性心不全であった。
 目玉に突き立った葦は、死後差し込まれたものであるらしい。
 もちろん警察から散々絞られた。保険金目当てに俺が犯した殺人ではないかと疑われたからだ。かなりしつこく調べられた。うんざりを通り越して、感覚が麻痺するほどだ。
 漸く解放されたかと思えば今度は、新聞を始めとしたマスコミにさんざん嬲られた。
 世間は俺を保険金目当ての鬼畜夫、無職故の凶行と囃し立て続けた。
 インターネッツでもまことしやかに俺犯人説がはびこったようだが、遺憾である。
 確かに保険金はデカイ。が、それ目的で嫁を殺すわけがない。金はないが人を殺してまで欲しいかと言われれば要らぬと応えるのが俺だ。
 それなのに、いつまでもマスコミに張り付かれ、あらぬ罵声を浴びせかけられた。
 こんなんマスコミの横暴やんけとぶち上げれば、余計に社会の反感を買うのは自明の理、であることに気が付いたのは反感を買ったあとであった。
 もうにっちもさっちもいかぬ。どこか田舎でひっそりと身を潜めて暮らそう、それがいいと、旅支度を調えた。荷物を担ぎ家を出たとき、漸く俺はあの干潟を思い出したのである。

 あの目玉葦の糞をいてこましてから、この地を離れることを決め、俺は川縁を目指した。
 だいたい保険金で金持ちにはなったが、こういう形を望んだわけではないのであるからして、俺はあの目玉葦の目玉を刺し潰し、思う存分に叩き折ってやってもよいのだ。
 川縁に着くなり靴を脱ぎ、鼻息粗く葦の茂みに分け入った。
「……おぇ? ああ? なぬ?」
 俺は間抜けな声を上げるしかなかった。
 そこにあったはずの目玉葦は姿を消していたからだ。
 代わりに立っておったのは、古びた木の板、所謂卒塔婆だった。
 蚯蚓ののたくったような文字が走っておったが、読む気もせぬ。
 暫しの間、考えてみたが、下手な考え休むに似たりであった。
 卒塔婆をたたき割り、群生する葦をへし折り、そいつらを川に投げ込みながら、俺は吠えた。思うがままに吠え終わると今度は呻吟&Singin’したのである。あの日と同じく。




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着眼点が面白い。葦との軽妙なやり取りで安易に楽に生きられる道を選択しようとするが、結局は大きな代償を支払わされる結果となる。人ならぬモノと取引きしてはならぬ、という事だろうか。「人間は考える葦である」という格言を逆手に取った発想は見事。何で関西弁やねん ... 続きを読む

受信: 22:50, Saturday, Jul 19, 2008

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哲学的なタイトルと、無職の主人公のギャップが面白い。目玉葦との出会いの場面は丁寧に書きこまれていて良いのだが、葦の喋る関西弁が強すぎる。逆に主人公の台詞がかすんでしまって、これは残念に感じた。奥さんが死んだ後の状況描写は省略して、もっとすぱっと終わら .. ... 続きを読む

受信: 13:16, Friday, Sep 19, 2008

■講評

1
長かったわりにはあっけないラストでした。保険金でお金持ちになるという所はおもしろかったですが…。
葦の中の目玉とのやりとりを削った方が良いように思います。
葦と話をつなげたかったようですが、ただの茂みから覗く目玉でも良かったでしょうし、最後の卒塔婆との関連付けも苦しかったように思います。
【アイデア】0 【描写力】0 【構成力】+1 【恐怖度】0

名前: 如来 ¦ 16:23, Tuesday, Jul 15, 2008 ×


1
特徴のある文章で不思議なテンポで読み終えた。味があるのは、わかるが、読みにくい部分も目立ってしまった。

【アイデア】+1、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 茶毛 ¦ 16:36, Tuesday, Jul 15, 2008 ×


1
軽いノリの表現で、非常にテンポ良く読めました。
ただ、それ故から怖さが薄れてしまったように思えます。
ただ…スミマセン。
家族が死んで、その保険金で大金持ちという展開は、昔からドラマやら漫画やらで見たことがあり、「家に帰ってみぃ。もう金持ちやで」の部分でオチが分かってしまいました。

【アイデア】-1 【描写力】+1 【構成力】+1 【恐怖度】 0

名前: PM ¦ 00:18, Wednesday, Jul 16, 2008 ×


2
文章の軽々しさとオチの重さのギャップは好きでした。ただ恐怖はあまり感じなかったです。

【アイデア】+1【描写力】+1【構成力】0【恐怖度】0

名前: ぼりす ¦ 11:03, Wednesday, Jul 16, 2008 ×


2
パターンとしては『猿の手』なのですが、葦の憎めないキャラが立っていて、なかなか面白かったです。

発想・0 文章・1 構成・1 恐怖・0

名前: 暗沌子 ¦ 18:46, Wednesday, Jul 16, 2008 ×


-2
大金→身内の保険金とは、ブラック路線の願い叶え系としては古典化しているような要素ですね。
男が途方にくれる様子はわかりますが、取り立てて目を引く部分がありません。
クセのあるくどい文章は痛々しく感じました。
【アイデア】-1 【描写力】-1 【構成力】0 【恐怖度】0

名前: しろ ¦ 23:19, Wednesday, Jul 16, 2008 ×


1
願い事→身内の死による保険金、というのは「猿の手」以来使い古されたパターンで、よほど斬新なひねりを入れない限り高評価は難しいだろう。
語り口は面白いが、それだけにとどまっている感じがした。

名前: ナルミ ¦ 01:50, Thursday, Jul 17, 2008 ×


0
この手の願いモノ話として「夢をかなえるゾウ」が先に出ているため、どうしても二番煎じに見えてしまう。これは厳しい。
ブラックな味付けが個性的ではあるが、せめて葦は他の方言か何かで喋ってほしかった。

【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 廻転寿司 ¦ 02:34, Thursday, Jul 17, 2008 ×


0
後半は、要らなかったような・・・。

【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 尚休 ¦ 18:00, Friday, Jul 18, 2008 ×


2
お話としては面白いので問題ないのですが、恐怖度は0かと思います。

名前: hirosi ¦ 21:27, Friday, Jul 18, 2008 ×


2
アイデア +1
描写力 +1
構成力 +1
恐怖度 −1

あんさん、あかんワ。ぜんぜんコワないやん。
三つの願い事のような展開はなかなかのモンやけど、この芦、とぼけたこと言いながら結構コワい事、すんねんなあ。
…あれ?結局怖い?

大阪弁に丸め込まれてしまいました<笑

名前: くりちゃん ¦ 21:02, Saturday, Jul 19, 2008 ×


2
 葦で目をつつかれると痛そうなので勘弁してやって欲しいなあ(笑)。
 きっちり書き込んであってがんばってらっしゃるのに頭が下がります。

 主人公にもうちょっと感情移入できませんした。
 私は単純な人間なので、ベタとわかっていても、もうちょっとセコい手を使って読者の同情を買ってもいいんじゃないかなと。
 マスコミとケンカしてる所からちょっと凹んで見せたりして。
 セコいですかね。やり方が(笑)。

【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: ユージーン ¦ 23:32, Tuesday, Jul 22, 2008 ×


1
前半読みにくい所があったが、奥さんが亡くなったところで面白くなった。
後半の話は要らなかったように思う。

名前: うさるちゃん ¦ 09:45, Wednesday, Jul 23, 2008 ×


1
独特のリズムのある文章。
個性的ですが、話の軸はわりとオーソドックスな展開かと思いました。
印象には残ると思いますが、怖いかといわれたらNOかと。

【アイデア】+1、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 華鹿 ¦ 20:42, Wednesday, Jul 23, 2008 ×


2
んんん…このノリについてゆけない…。
おもしろいのに。
もちょっと幻想的に書いてあったら、
ど真ん中ストライクの話なのに…。
初めての経験(笑)。
ごめんなさい…。

名前: ちゅん ¦ 11:16, Wednesday, Aug 06, 2008 ×


-2
ア+1 描-1 講-1 恐-1
違っていたら本当に本当に申し訳ないのだが、文体は町田康の模倣であろうか?
或いは別の誰かであったとしても、その試みは失敗に終わったと言わざるを得ない。
何故なら巧く模倣してその上にオリジナリティーを築くまでには至っていない。
違う言い方をするなら、完全なオリジナルの文体だと仮定しても、誰かの真似だと思われてしまいかねない文体なのである。
ファンは敏感である。ああこいつパクリじゃねえか、と厳しい批判に晒されかねない。ある特定の作家を模倣しようとするとき、その文体が特殊であればある程、その度合いは強まるのである。
関西弁も引っかかる。意図的にそうした可能性もあるが、まるで関西弁を喋れない人が無理に関西弁を喋っているかのような違和感があり、その事が作品全体に更なる中途半端さを与えてしまっている。
良い点としては、葦のおちゃらけた態度はややくどいが、それが却って結末の悲惨さをひきたてている。
アイデアそれ自体は面白いと思うし、独特な文体に挑戦しようという気概は評価に値する。

名前: 戯作三昧 ¦ 00:53, Thursday, Aug 07, 2008 ×


2
面白く読めた。ただ書き過ぎたかな。それと主人公が軽い分、怖さが無くなってしまった。


【アイデア】+1 【描写力】 +1 【構成力】 0 【恐怖度】 0

名前: 猫塚イスマ ¦ 18:07, Sunday, Sep 07, 2008 ×


-1
終始軽いノリなので特に響いてくる箇所もなく終わってしまいました。内容に合う文体はこれでよし、として書かれたはずなので、それが読み手にどう届くかも考えての事だと思います。それに見合うかのように主人公が最後までキャラを貫き通したのは唯一救いでした。

【アイデア】0【描写力】−1【構成力】0【恐怖度】0

名前: 蓮 ¦ 10:19, Monday, Sep 29, 2008 ×


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