遺伝記/2008
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練成
 太陽の光がぎらぎらと照りつける夏休みのある日。
 昭彦は小学校の友達数人と、この田舎町の片隅にある森に遊びに来ていた。
 
 日も暮れて、さあ帰ろうとなったところで、昭彦は側にあった木の根元に何やらキラリと光るものを見つけた。
 それを拾い上げて見ると、ちょっと変わった珍しい石のようだ。
 極めて黒に近い青色。形は楕円球で、11歳の昭彦の手にすっぽりと収まる程度の大きさ。表面はざらりとした感触なのだが全体的に光沢がある。
 宝石…という程でもなかったが、ただの石ころではないと思った昭彦は、そのままズボンの前ポケットにしまいこんだ。

 森から出たところで友達と別れ、一人自転車で帰路に着く。
 ペダルをこぐたび、ポケットに入れた石が太ももを撫でる。
 昭彦はこの石そのものに興味があるのではなく、この石が“何に変化するのか”が気になっていた。

 昭彦には秘密がある。
 両親も知らない。家族で知っているのは、大好きだった祖母だけだ。
 その祖母が亡くなる少し前に、昭彦が受け継いだ物。
 現在、両親と川の字で寝ている居間の隅に置かれた茶箪笥。その引き出しである。
 見た目には焦げ茶色の普通の茶箪笥で、大きさは昭彦の背丈程度。横幅は1m程だろう。
 木戸の食器棚の下には引き出しが横に並んで二つ付いており、この内の一つを祖母から昭彦へと贈られた。
 祖母から遺言として聞いているのだろう。両親がその引き出しを開く事はない。

 とりあえず、その時は訳も分からないまま受け取ったのだが、祖母は亡くなる直前、昭彦を自分の部屋に呼び出すと、昭彦だけにこの秘密を教えてくれた。
 居間の茶箪笥の引き出しには不思議な力があり、ここに物を入れて一晩置くと、翌朝には別の物に変化しているのだという。
 ちなみに、祖母がこの秘密を話したのは、昭彦で二人目になるらしい。
 一人目は祖母の学生時代からの親友で、毎年時期になると自家製の梅干を持ってきてくれる近所の婆さんなのだそうだ。
 先日、遺品としてあの茶箪笥を渡そうとしたらしいが、うちにも似たようなものがあるから…と断られてしまった。
 とは言え、捨ててしまうのも勿体無いという訳で、可愛がっていた昭彦に贈る事にしたのだという。
 祖母はそれだけ話すとにこりと微笑み、信じられないとでも言いたげなびっくりした様子の昭彦の頭を優しく撫でた。

 祖母が亡くなった後、昭彦は半信半疑でこの引き出しに物を入れてみたのだが、確かに祖母の言った通りの結果となった。
 読み飽きたコミック雑誌を入れてみると、次の日には何やら古い書物になっていた。
 拾ったと言って両親に見せてみると、何か歴史的などうのこうのと騒いでいた。
 チョコレートクッキーを入れてみると、次の日にはどら焼きへと変化していた。
 恐る恐る食べてみると、これがびっくりするほど美味い。
 もう一度これが食べたくて、再び同じチョコレートクッキーを入れてみると、今度は乾燥海苔一枚になっていてひどく落胆した。
 その後も何度か色々と試してみたところ、どうやらある程度の法則がある事が分かった。
 二つ物を入れても、変化後には一つになっているという事。
 食べ物は食べ物に、玩具は玩具にと、同じ種類の内で変化が起こるという事。
 そして、前回と同じ物には変化しないという事だ。

 最初の頃は面白がって色々と入れていたのだが、身の回りの物を入れても驚くような変化をする事が稀で、また、昭彦自身の飽きもあってか、ここ数ヶ月はこの引き出しから遠のいていた。
 以前、家の庭先に落ちていた石ころを入れた時は、別の色の石にしかならなかったが、この珍しい石ならばもっとスゴイ物に変わるかもしれない。
 昭彦は久々の好奇心を胸に、帰路を急いだ。

 昭彦の家は一般的な二階建ての木造家屋で、今は両親と3人暮らしである。
 玄関をくぐるとそのまま正面に廊下が伸びており、その突き当たりの右にある部屋が茶箪笥のある居間だ。
 帰宅した昭彦は、靴を脱ぎ捨てるとまっすぐ居間へと向かい、件の引き出しにその石を入れた。

 その日の夜。
 いつも通り、茶箪笥のある居間で両親に挟まれ床に就く。
 久しぶりの興奮のためか、少々寝つきは悪かったが、両親の小さな寝息につられて少しずつ微睡み始めた…。

「ぎゃぁああああああああああああ」
 静かな居間に響き渡る、男とも女とも覚束無い悲鳴のような叫び。
 一気に現実に引き戻され、瞼を開く。
 隣で寝ていた両親が身体を起こしている。 
 普段豪胆な父が、ずいぶんと険しい表情を浮かべているのが判った。
 昭彦も身体を起こすと、それに合わせるかのように父は無言で立ち上がり、電気も点けずにズカズカと部屋の隅に向かって歩いていく。
 そして、茶箪笥の前に立つと身を屈め、迷うことなく昭彦の引き出しを開けた。
 一瞬、父がぎょっとしたように見えた。
 暗闇の中、父の表情は窺えないが、何やら考え込んでいる様子である。
 父は昭彦と母を一瞥すると、引き出しの中に手を突っ込み、その中の物を取り出した。
 はっきりとは見えないが、父の手には何やら毛のような束が握られており、その下にサッカーボール程の大きさの黒くて丸い何かがぶら下がっていた。
 あの石が変化した物なのだろうか? …でも、あれは何だ?
 昭彦がそれをよく見ようと身を乗り出すと、隣にいた母に抱きかかえられるように捕まり、頭から母の胸元に押さえつけられてしまった。
 昭彦の視界が遮られる中、父はズカズカとその横を通り抜けて廊下に出ると、玄関から家の外へと出て行ってしまった。
 母に抱きかかえられたままの昭彦は、先の疑問を晴らせないまま父の帰りを待つ以外なかった。

 いつの間に眠ったのだろう? 気が付くと朝になっていた。
 居間を見渡すと、あの茶箪笥がない。
 両親に訊いても、はぐらかすばかりで要領を得ない。
 …今は話せない理由でもあるのだろうか?
 いずれ話してもらえる日が来るかもしれない。
 それを期待して、あまりしつこく訊かずにはいたのだが…。
 その日は来なかった。
 数日後に両親が事故で他界してしまったのだ。
 茶箪笥の行方。
 あの夜の悲鳴。
 そして、父が手に持っていたもの。
 結局、何も分からないままとなってしまった。


 その後は叔父の家に預けられ、あれから十数年経った。
 昭彦は今、一人であの時の居間に立っている。
 少年時代をすごしたこの実家を明日引き払うことになっており、最後に一目だけ見ておこうと訪れたのだ。
 あの夜の事を思い起こすと、今になって気付く事がある。
 父は何故、まっすぐ昭彦の引き出しへ向かえたのだろう?
 母は何故、あの暗闇の中、昭彦に見せてはいけないものだと分かったのだろう?
 二人はあの茶箪笥の秘密を知っていたのではないだろうか?
 それも、祖母や昭彦より詳しく…。

 今なら、あの茶箪笥さえ見つければ、その秘密を解き明かすことが出来るかもしれない。
 そう思ったが……止めておこう。
 あの出来事はもう、思い出に変わったのだ…。
 昭彦は深いため息をつくと、茶箪笥のあった場所に目をやり苦笑した。




05:54, Thursday, Jul 17, 2008 ¦ 固定リンク ¦ 講評(18) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(6) ¦ 携帯


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■講評

2
茶箪笥の引き出しの中に物を入れたら、色々と変化するという所までは凄くよかったのですが・・・。
ここまででうまくお話をまとめておけば良かったと思うのですが、後半部分の父が手に持っていた何かとか両親の死とかいうくだりは蛇足のように感じました。あと、文章をもっと短く出来たのではなかろうかと思います。
【アイデア】2 【描写力】0 【構成力】0 【恐怖度】0

名前: 如来 ¦ 11:18, Thursday, Jul 17, 2008 ×


-2
石が人の頭(?)になる展開は面白いと思いますが、不必要な描写を省いたらすっきりとした作品になったと思います。昭彦君、そこまで父が掴んでいた物が見えていて、大人になってもわからないというのはちょっと…。引っ張ってきて、オチが全て謎のままでは怖さも感じる事が出来ませんでした。

【アイデア】+1、【描写力】-1、【構成力】-1、【恐怖度】-1

名前: 茶毛 ¦ 21:08, Thursday, Jul 17, 2008 ×


1
話としては良いかとは思うのですが、後半、ちょっと派生を意識し過ぎているような印象ですね。
茶箪笥がなくなった辺りでスッキリとまとめてしまっても良かったかと思います。
盛り上がってきたところを、オチで空中分解させちゃった感じですね。
惜しい作品かと思います。

【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】-1 【恐怖度】 0

名前: PM ¦ 21:30, Thursday, Jul 17, 2008 ×


2
文章の雰囲気はよく、前半は面白く読めた。
しかし、肝心の「父が手に持っていたもの」の正体がわからないまま終わってしまい、欲求不満が残る。やはり、この謎は解決してほしかった。

名前: ナルミ ¦ 00:34, Friday, Jul 18, 2008 ×


-2
これは思わせぶりにも程がある。収拾がつかなくなった結果、物語にとって最も都合の良い終わり方に持っていっただけになっている。
全てに決まりすぎるオチをつける必要もないとは思うが、オチに持ち込める範囲内で物語を展開させた方が良かったのでは・・・。

【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】-1、【恐怖度】-1

名前: 廻転寿司 ¦ 01:37, Friday, Jul 18, 2008 ×


1
期待感があっただけに、すっきりしない終わり方が残念です。
石が変化するものとの繋がりが見えれば面白かったかなと思います。

【アイデア】+1【描写力】0【構成力】0【恐怖度】0

名前: ぼりす ¦ 12:26, Friday, Jul 18, 2008 ×


-1
話を広げすぎて、上手く着地できなかったような。 読む者を唸らせる、或いは納得させる結が成されてない気がします。

発想・1 文章・−1 構成・−1 恐怖・0

名前: 暗沌子 ¦ 23:43, Friday, Jul 18, 2008 ×


1
アイデア +1
描写力 +1
構成力 −1
恐怖度 ±0

中に入れたものが変化する引き出しというのはワクワクする。
「昭彦」クンの疑問は即ちこの作品を読んでいる者の疑問となるわけだが、疑問が提起されただけであっさりと終わってしまって、取り残され感がある。
構想が膨らみすぎて収まらなくなったのだろうか。

名前: くりちゃん ¦ 14:00, Sunday, Jul 20, 2008 ×


-1
くどい。

【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】-1、【恐怖度】0

名前: 尚休 ¦ 16:33, Tuesday, Jul 22, 2008 ×


1
途中から散漫な印象を受けました。

名前: hirosi ¦ 00:32, Wednesday, Jul 23, 2008 ×


1
 石じゃなくて骨だったって事でいいのかな?
 おもしろいアイディアだと思いました。

 でもやっぱり、その箱のスペシャルパワーは私にはスペシャル過ぎてついていけませんでした。
 ゴメンなさい。

【アイデア】+1、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: ユージーン ¦ 22:21, Wednesday, Jul 23, 2008 ×


2
茶箪笥の中に入れると変化するというアイデアはかなりよかったので、後半結局肝心の部分に触れないまま終わったのがおしい。
ヒントを与えて読者に任せる、というのも一つの手だと思うが、やはり怖さを求めるならそこははっきりと書いて欲しかった。
書き出しにものすごく期待した分、読み終わったあとに「あれ」という気持ちが残る。

【アイデア】+2、【描写力】+1、【構成力】-1、【恐怖度】0

名前: 華鹿 ¦ 20:13, Thursday, Jul 24, 2008 ×


4
描写が細やかで想像しやすいです。恐怖の余韻もすばらしい。
タイトルが某有名コミックを思い出させたので、禁断のもの、知られてはいけないものを「隠す」ために両親は何かを錬成したのかと、わくわくします。
隣の幼なじみのお婆さんは船箪笥の中に魔物を飼っていた人ですよね? 繋がり具合が非常に良いです。

【アイデア】1【描写力】1【構成力】1【恐怖度】1

名前: ひ ¦ 23:03, Sunday, Jul 27, 2008 ×


2
面白く読めました。話も盛り上がってきて、石の行方と両親が気になります。
話が良かっただけに最後の終わり方が少し残念です。

名前: うさるちゃん ¦ 11:50, Friday, Aug 01, 2008 ×


3
家にある茶箪笥が怖くなってきました(TーT)
茶箪笥、それからどこへ行ってしまった
んでしょう…。
謎は残っていますが、このお話では
それでいいと思えるように、
話が収まっていていいと思います。

名前: ちゅん ¦ 13:00, Wednesday, Aug 06, 2008 ×


2
少年時代の雰囲気は良いと思う。怪異が唐突で投げっぱなしという印象を受けた。


【アイデア】+1 【描写力】 +1 【構成力】 0 【恐怖度】 0

名前: 猫塚イスマ ¦ 01:27, Friday, Sep 19, 2008 ×


1
アイデア+1 描写+1 構成ー1
曖昧なままで終わらせるのは好みの分かれるところかとは思うが、私の場合、やはり謎が知りたい。
引き出しの中に入れると別のものに変わるという発想は面白いし、文章も秀逸であるから、変にひねらず、ストレートに攻めたほうが良かったのではないだろうか。

名前: 戯作三昧 ¦ 11:32, Friday, Sep 19, 2008 ×


0
なんかちょっといい思い出的な終わり方はよくなかったかな。石を入れた後の事は昭彦の想像のみで語られるため著者もどうやって終わらせようか悩んだのではないか。茶箪笥というアイテムが魅力的だっただけにものすごく肩すかしをくらったようなラストでした。

【アイデア】1【描写力】0【構成力】−1【恐怖度】0

名前: 蓮 ¦ 22:10, Sunday, Sep 28, 2008 ×


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