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待ち望んでいた子供が産まれた。 結婚して二十年、不妊治療やホルモン治療を受け、もう年齢的にも無理かと夫婦共々諦めかけていた時に授かった子供だった。 産まれたのが女の子だった為か主人は目に入れても痛くないほどの可愛がり様だった。 私達は子供が無事生まれた記念に無花果の木を植えようと決めた。夫婦二人で旅行に行った際、たくさんの無花果の木が成っている所があり、二人共とても印象に残っていたのだ。妊娠していると判ったのはその旅行から帰ってきてからすぐの事だったのでこれも何かの縁と思ったのだ。それに無花果は不老長寿の実と言われてる事もあり、『この子が幸せで長生きしますように』との期待を込めての事だった。 「あらぁ、何をしてるのー?」 主人の連休に合わせて、庭で無花果を植えている時に道路側から大きな声が聞こえた。塀も何も無い庭の為、道路から丸見えなのだ。見ると、同じ町内の瀬戸さんだった。 (面倒な人に見つかっちゃったな)内心そう思った。 この瀬戸さんという60歳近い小母さんは近所の鼻つまみとして有名な人だった。夫を早くに亡くし、子供もいなかったので今は一人暮らしをしているのだが、暇さえあれば町内を見て周り、何か変わった事があるとすぐ飛んで来る。ゴミ出しの仕方が悪いと言っては、そのゴミを出した人の玄関に撒き散らす。庭で飼っていた犬の鳴き声がうるさいと文句を言いに来た後、数日後にその犬は急死し、獣医の話によると「何か農薬入りの物を食べた形跡がある」との事で、瀬戸さんが怪しいともっぱらの評判になっていたが何も証拠が無い為、結局飼い主は泣き寝入りになったという事もあった。 「えぇ、子供が産まれた記念に無花果を植えようと思って…」 精一杯の愛想笑いをして答えた。 「あらっ、だめよ。私も本か何かで見たんだけど、庭に実の成る木なんか植えちゃダメだって言うわよ」 「え?」 「庭に実の成る木を植えると、悪い事が起きるって言われてるらしいわよ。棺桶担ぐ棒を育ててるようなものだって…」 瀬戸さんのあまりにも非常識な言葉と、それを面白そうに教える態度に何も返す言葉が見つからず困っていると、それまで黙々と木を植えていた主人が助け舟を出してくれた。 「そうですか。まぁ、でも記念のしるしですから。なぁに、そんな迷信吹き飛ばしちゃいますよ」 と、笑って答えるとまたせっせと木を植えだした。 それまで喜々として話していた瀬戸さんだったが、まさか主人から言い返されると思わなかったのか 「旦那さんは余程嬉しいのねぇ。いいわねぇ、お幸せそうで」 と捨て台詞のようなものを吐き、去って行った。 「信じられない…わざわざあんな縁起の悪い事を言うなんて」 瀬戸さんの後ろ姿を見ながらポツリと呟いた。 「まぁ、いいじゃないか。あの人はいつもおめでたい事があった家に行っては、余計なことを一言二言言うじゃないか。ああいう時は聞き流すのが一番だって。せっかく記念の木を植えているのに怒った顔してたらこの娘まで膨れっ面な顔に育っちゃうぞ?」 主人は私が抱いている娘の顔を覗き込んで答えた。生後間もない為、まだ視力が弱い娘だが、その時は瀬戸さんの後ろ姿をジッと見つめているように私には思えた。 翌朝、庭に出ると無花果の木の横に何かが落ちているのに気が付いた。 30cm程の小さな木箱だった。ベニヤ板を合わせて簡単に釘で打ちつけただけの雑な造りで、素人が作ったのは見て取れたが、ご丁寧にも箱の上蓋に観音開きの小さな扉がしっかりとついていて、どこをどう見ても棺桶にしか見えなかった。乱暴に開けられた穴に無理矢理付けた扉が遺体を覗く小窓を連想させて尚更薄気味悪さを倍増させた。触るのも気持ちが悪く、慌てて主人を呼んだ。二人で中を見ると掌くらいの小さなキューピーの人形が一体、コロンと入っていた。 「こんな性質の悪い嫌がらせ、きっと瀬戸さんよ?だって昨日の今日でタイミング良過ぎるじゃない」 「まぁ、証拠も無いしなぁ。下手に文句を言ったってこじれるだけだし…」 二人で相談した結果、今回は様子をみようという事になった。棺桶は捨てる事も燃やす事も出来ず、かといってそのままにしておく事も出来ないので、主人がお焚きあげ専門の所へ持っていき、お金を払って処分する形となった。 翌日になり庭へ出るとまたもや棺桶が置かれていた。造りは同じだったが、今回の棺桶は昨日より倍近くの大きさになっており、中身のキューピー人形も倍近くの大きさになっていた。 嫌がらせにも程がある。だが証拠が無い。はらわたの煮え繰り返るのを必死に堪え、まずは現場をおさえようという事になった。監視カメラなども考えたが、主人は 「俺が寝ずの番をして見張ってるから。少しでも物音が聞こえたら飛び出していって犯人を捕まえるさ」 といって聞かなかった。どうやら犯人の目星がついているのに監視カメラを買うより、そのお金で娘の産着でも買ってあげたい気持ちの方が強かったらしい。 見張っているのがばれないように、いつも通りカーテンは閉め、部屋を真っ暗くして待つ事になった。 夜中になり、主人の「待てっ!」という怒鳴り声で目が覚めた。時計を見ると夜中の2時半だった。慌てて娘を抱いて庭へ行く。主人は犯人を追いかけたのか庭にはいなかった。木の横には1メートル程の大きさになった棺桶が無造作に置かれていた。 「ゴトッっていう音が聞こえたから、慌てて外に出たら棺桶を置いてた奴がいて…追いかけたんだが見失っちまった」 鼻息を荒くしながら話す主人を見て、ハァ−と溜息をついた私に主人は断言した様に言った。 「でも街灯に照らされて後ろ姿ははっきり見えたぞ。間違いない。あの体型と髪型、あれは瀬戸さんだ」 朝になり、二人で瀬戸さんの家に向かった。丁度玄関先にいた瀬戸さんに今までの経緯と夜中の事を話して問いただした。 だが、瀬戸さんは「知らない、濡れ衣だわ」の一点張りで終いには「これ以上、人を犯人扱いすると警察を呼ぶわよ!」と激昂した。確かに警察を呼べば指紋など色々調べてくれるだろうし、瀬戸さんの家に棺桶と同じベニヤ板があれば証拠になる。だが、私たちの方も子供が産まれたばかりで、これから夜泣きや子供特有の奇声等でご近所に迷惑も掛ける事もあるだろう。それらを考えると警察まで呼んでの大事にしたくはなかった。仕方なく帰ろうとした時、 『しんじゃえ』 とはっきりとした甲高い声が聞こえた。声は私が抱いている娘の方からしていた。それは主人にも聞こえていたらしく、主人も目を見開いて娘を見ている。だが瀬戸さんには何も聞こえなかったらしくサッサと家に入っていってしまった。 私と主人は何も聞かなかった事にした。だって娘はまだ生後数ヶ月。話せるわけもないし、あり得ない事なのだから。無邪気な顔で眠り始めた娘を見て、そう思った。 その日の夕方。けたたましいサイレンの音を聞き何事かと外へ出た。 瀬戸さんの家の前に人だかりが集まっていた。 「瀬戸さん、急に胸が苦しいって言って、そのまま亡くなったんですって」 その言葉を聞いた時、主人と二人で思わず娘の方を見てしまった。娘は口をにぱーっと開けて笑っていた。…眩暈がした。 後日、瀬戸さんの家から作りかけの棺桶があったとか、大量のベニヤ板や様々な大きさのキューピーの人形があったとか風の噂で流れてきた。実際、瀬戸さんが亡くなってから家に棺桶が投げられる事はなかったが、もうそんな事はどうでも良かった。瀬戸さんの死因は心筋梗塞という事になり、「自分で自分の棺桶を作っていたんだ」という噂で持ちきりだった。 それから、5年の月日が流れた。 その間に判った事があった。子供同士で遊んでいると、おもちゃを貸す貸さないや、ぶったぶたれたといってよく喧嘩になるが、娘は相手の子に害を与える事はしなかったし言わなかった。だが、私たち夫婦に何か困った事があると、娘は言うのだ。あの言葉を。 実際、車が当て逃げに遭い犯人が判らず泣き寝入りしていた時、娘は言った。 『しんじゃえ』 と。その日の夜、同じ町内で自殺があったと聞いて嫌な予感がし、後日見に行った事があった。その家の車にはへこんだ後があり、うちの車の色と同じ色が擦るようについていた。 しかし、あれだけ待ちに待った可愛い我が子。私が初めてお腹を痛めて産んだ子。少し変わった力がある以外はどこにでもいる子供と同じではないか。この子は自分の為には力を使わない。私たち限定の力なのだ。要は私たちがこの子の前で、悩みを言わなければ良いのだ。なんて可愛らしい親思いの子なんだろうと嬉しささえ覚えた。 更に5年の月日が流れた。 娘は10歳になった。友達も多く、明るく素直な子に育ってくれた。私の方は娘に対する愛情は変わらなかったが、夫は違っていた。 夫は怖くなっていったのだ。娘を。娘の力を。ある意味娘は無垢な殺人者なのだ。その真実から逃れる為なのか、外に女を作り家に戻って来ない日が多くなっていた。娘の方も夫が浮気している事は薄々感じていたようだった。 今日は娘の誕生日なのに夫は帰って来ない。毎年娘の誕生日には無花果の木の前で記念写真を撮っていたのだが、今年は夫なしで写真を撮った。 夕食の後片付けをしている時、娘が言った。 「ねぇお母さん。お父さんが帰って来ればいいんだよね?」 「そりゃあ…」 と言った所でハッと我に返り、慌てて口を閉ざし娘を見た。 そこには目をキラキラさせながら、にぱーっと笑った娘がいた。 |
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受信: 12:34, Sunday, Oct 19, 2008
■講評
-長所- ・お隣さんの光景を含ませつつ、日常的な怪異へと引きずり込む流れが上手い。 ・夫婦とお隣さんのやり取りに日常的な様子が細かく描かれていてリアルさがある。 ・木箱にキューピーという小道具の使い方が効果的で禍々しさが出ている。それらに瀬戸さんの噂が絡む所が上手いと思った。
-短所- ・作品はとても面白く読めたのだが、終わり所をもう少し短くしても良かったと思う。はっきりとしない怪しさや禍々しさが出ていて好印象に見えていた中盤迄の展開に対して「5年の月日が流れた」以降の能力解釈とその後の無差別事件が蛇足に感じた。前半の木箱にキューピー、娘と思しき言葉と瀬戸さんの噂で十分に怪異のエスカレートが出来ているので、これ以上のエスカレートは要らなかったのではないかと思う。そのあたりの構成がとても惜しまれる。 ・冒頭に出てきた無花果の木が後半にはおまけ程度にしか出てこない。せっかく冒頭で印象深く作中に出してきたのだから、お隣さんとのきっかけ以外にもまだ何か使えたのでは、とも思う。
【アイデア】0、【描写力】1、【構成力】0、【恐怖度】1 |
名前: 廻転寿司 ¦ 15:25, Sunday, Aug 24, 2008 ×
アイデア +1 描写力 +1 構成力 +1 恐怖度 +1
これは面白い。長さを感じさせない。 木箱にキューピーさんという嫌がらせも、道具立てが可愛らしいので余計に禍々しく感じる。 「にぱー」という擬態語は怖い。 きっかけとなった無花果の木の影の薄いのがちょっと残念。
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名前: くりちゃん ¦ 17:17, Sunday, Aug 24, 2008 ×
いや、これは面白かったです。 ちょっとアレ?と思う描写があったり、終盤、ちょっとくどいかなぁとも思いましたが、全体的に上手くまとまっていてさほど気にせず読めました。 良作だと思います。 この子供が大人になった時、この力がどう使われるかが気になりますねぇ…。
【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】+1 【恐怖度】+1
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名前: PM ¦ 19:00, Sunday, Aug 24, 2008 ×
長い割に読み易く、面白い作品だったと思います。木箱にキューピーという発想はなかなか良かったと思います。しかもどんどん大きさまで変えるとは。欲しくありません、そんな怖い物。娘の力の全容が明かされてはいないのですが、言霊的なものなんでしょうか。人物の関係性は描写でも破綻が無く、想像しやすかったです。欲を言えば、無花果の木の活躍も見たかったです。
【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】+1 |
名前: 茶毛 ¦ 00:34, Monday, Aug 25, 2008 ×
キューピーと棺桶の描写は実にいい。 おもしろい。 またお父さんが張り込みをするって当たりも物語性を感じる。
いろいろと材料があるんだけど、もうちょっと広げられる所を広げずに畳んじゃってるのがもったいないですね。 明らかに瀬戸さんが犯人の状況ならあえて瀬戸さんじゃなかった事にする、さらに犯人ではありえないと思わせておいて実は犯人だった、と2転3転できる材料がそろってる。 展開的には実においしいネタができあがってる。 確かにそれをどうネタに広げていくかは難しいんだけど、あえて細い道に入っていくマゾヒズムが書くって事だと思うので(笑)。
瀬戸さんの死をオチに持ってくる場合は棺桶事件の前に何かネタふりを置いておく、事件を暗示する前兆を置いておく。
さらに追いかけていったお父さんが見えなくなる所で読者は強い不安を感じるので、そこで何かひとつ仕掛けがあればここも大きく盛り上げられるポイントになる。
最後のお父さんの浮気の部分もお話と連続性に欠けるんだけど、先頭の細かい状況説明の中に種を仕込んでおけば読者は「なるほど!」と感心させられる。
とっても良くできてるだけに実にもったいないなあ。
【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】 0 【恐怖度】 0 |
名前: ユージーン ¦ 17:46, Monday, Aug 25, 2008 ×
追記: ラストを旦那が家を出たとして怖かったってのを隠しておく。 で、レストランでウェイトレスがコップを倒した時に「死んじゃえ」って後から生まれた弟と一緒に楽しげに笑う。 そこで奥さんが回顧する。夫が最後に家を出たのは夫の母親が私を叱った時に娘が「死んじゃえ」と言ったからだった、とかなんとかするとまとまりがいいのかな。 お母さんを冒頭の説明で出しておいてね。お母さんが実に良い人だったりすると効果的なんでしょう。
まあこの例はベタなんでもっともっといろいろなやり方があると思いますが(笑)。
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名前: ユージーン ¦ 18:15, Monday, Aug 25, 2008 ×
後半は長すぎたような。アイテムも面白いんですけどね。
【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0
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名前: 尚休 ¦ 16:12, Tuesday, Aug 26, 2008 ×
恐ろしい娘さんですねダミアンですか? これだけで一つのシリーズができそうですね。キューピーのアイテムがうまく生きていますね。とても面白かったです。 【アイデア】1 【描写力】0 【構成力】0 【恐怖度】2 |
名前: 如来 ¦ 16:41, Wednesday, Aug 27, 2008 ×
『しんじゃえ』がダイレクトでよかった。 話もスムーズで面白かったです。 最後のところは、愛人に対してか、それとも夫に対してなのか・・・ そこがちょっとわかりにくいかなー。 死体でも帰ってくればいいと考えると怖さ倍増なのですが・・・
【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】+1 |
名前: 華鹿 ¦ 20:35, Wednesday, Aug 27, 2008 ×
瀬戸さんの嫌がらせが 上手く効いていた分、どこかへ行ってしまった 無花果の話が残念ですが…。 その点を除けば、良くできた作品だと思います。 無花果は実だと思ってる部分が実は 内向きに咲いている花だと聞いた事が あるのでもっと絡むのかと思って、 過度の期待をしてしまいました(^^;) |
名前: ちゅん ¦ 12:03, Wednesday, Sep 03, 2008 ×
どうしてもオーメンが…ね。するすると読み易く、可愛い我が子への とまどいなどもよく描かれていたと思います。最後、力の矛先がどち らに向かうのか読者にさせる所もよいと思いました。
【アイデア】±0 【描写力】1 【構成力】1 【恐怖度】0 |
名前: 蓮 ¦ 12:18, Monday, Sep 15, 2008 ×
ああ、これは好みです。子供が純真だなんて誰が決めたと常々思っていますので、このニパーにはやられました。
ただ、やはり無花果は必要なかったですね。 その辺りを整理すると良かったかも。
発想・1 文章・1 構成・0 恐怖・1 |
名前: 暗沌子 ¦ 01:06, Sunday, Sep 21, 2008 ×
読みやすくて完成度が高いと思う。特に瀬戸さんが良かった。娘さんの怖さは新鮮みが薄いかな。
【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】0 【恐怖度】+1
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名前: 猫塚イスマ ¦ 19:23, Thursday, Sep 25, 2008 ×
アイデア+1 描写+1 恐怖+1 ダミアンを思わせるが、妙に分別のある所が良い。 最後の五年はいらなかったかも知れない。 いや、いらないというより別の出来事を考えた方が良かったと思う。 更に五年も経つ必要はないし、お父さんも浮気などすればその後の展開は容易に予想できる筈。何か無花果に絡んだ最後にした方が良かったかも知れない。 |
名前: 戯作三昧 ¦ 04:37, Tuesday, Oct 14, 2008 ×
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