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今日も夫は午前様になりそうだ。 23:30分を過ぎた時計を見ながら大きな溜息をついた。 テーブルの上のラップをかけた夕食が寂しげに見える。 (今日も先に寝ようか…)と思いかけていると、ドアの隙間から申し訳無さそうに覗く顔があった。5歳になる1人息子の遼だった。 「あら、どうしたの?トイレ?」 優しく声を掛けるが、遼は返事もせずそそくさと部屋に戻って行ってしまった。 夫は半年くらい前から帰宅するのが遅くなり、ほとんど私達に顔を見せなくなっていた。 朝もまだ早いうちから家を出てしまい、着替えをしに帰ってくるようなものだった。夫は「仕事が忙しいんだ」と言うが本当かどうかは判らない。休日も朝早くから出掛けてしまう為、子供と遊ぶ事も無くなった。 そんな父親を見ている所為か、遼も無口になり、私にすら笑顔を見せる事は少なくなってしまった。 寝室へ戻ろうとした時、夫が帰ってきた。テーブルの上の夕食を一瞥したが手を付けようともせず、シャワーを浴びに浴室へ行ってしまった。暫らくして浴室から出て来た夫に話し掛ける。 「あなた、今日ね、遼が…」 と言うが、夫はフーッと大きな溜息をついたかと思うと、 「疲れてるんだ。…もう寝る」 とだけ言い、1人でさっさと寝室に行き、眠りについてしまった。 私はテーブルの上の食事を冷蔵庫に片付け、寝室に入る前に隣の子供部屋を覗いた。スース−と寝息を立てている遼を見て、この子の為にも私が頑張らねば、という想いが募った。夫がああなってしまった以上、私がこの子の母親であり、父親でなければならないのだから。たとえ夫が浮気をしていようと、いつかは目が覚めて私達の所へ帰って来てくれるだろう。それまでは感情的になって問いただしたりせず、堂々と待っていれば良いのだ。 これが、散々悩んだ結果の私の答えだった。 ある日の午後、昼食に殆ど手を付けてない遼に言う。 「遼、どうしたの?またこんなにご飯を残して。お昼ご飯はママが腕によりをかけて遼の好きなハンバーグを作ったのに…」 遼は何も言わずただ俯いていた。 「最近、残してばっかりね。どこか具合でも悪いの?ならお医者さんに行こうか?」 遼はブンブンと首を振り、フォークをおいてテレビのある方へ行ってしまった。 (夫といい遼といい、どうしちゃったんだろう) フーっと最近クセになってしまった溜息をまた一つついて、テーブルを片付けていると電話が鳴った。実家の母からだった。明日から、数日間ほど泊まりに行くのでよろしくという内容だった。 「遼―。明日から、おばあちゃん泊まりに来てくれるって電話があったわよ、良かったね」 遼はちらりとこっちを見たが、またすぐにテレビに釘付けになっている。 (あんなにおばあちゃんっ子だったのに…) 一抹の不安が頭をよぎったが、明日になっておばあちゃんが来たら、またいつものおばあちゃんにベッタリの子に戻るだろう、と思っていた。 夕方、遼を連れて買い物に出掛けた。大量の買い物袋を抱え家に戻る最中、近所の主婦が集まって井戸端会議をしていた。目が合ったので、軽く会釈をする。しかし会釈を返される事もなく、蜘蛛の子を散らすように皆慌てるようにしてそれぞれの家に戻って行ってしまった。 (何なの?…私、何かしたかしら?) 遼はそんな私を心配そうに見つめている。いけない、いけないと思い、何事も無かったかのように家路を急いだ。 翌日になり、お土産であろうたくさんのお菓子と遼の大好きな向日葵の花を抱えて母がやって来た。玄関で私の顔を見るなり 「随分痩せたね、大丈夫なの?」 と聞いてきた。夫や遼の事で悩んでいるのが顔に出ているんだろうか。 「いやぁね、大丈夫よ。最近ちょっと疲れが取れないだけ」 心配かけないように明るく振る舞うが、母は何か考えている様子だった。 遼の方は、何時もなら母が来ると満面の笑顔で「おばあちゃん!」と抱きついてくるはずなのだが、今日は自分の部屋に篭って出てこない。 母もいつもの『お出迎え』が無い事で、何か薄々気が付いたのか、遼の事は聞いては来なかった。母が客間で荷物の整理をしている時、遼を呼びに行ったが、遼はリビングへ降りては来なかった。 夕食の時間になっても、やはり夫は帰って来なかった。母が心配そうに言う。 「いつもこんなに遅いのかい?あんた達ちゃんと仲良くやってるの?」 「あ、うん。何だか最近仕事が忙しくなっちゃったみたいで…」 何とか心配させないように答えようとしたが、母の眼はごまかせないのか、ジッと私を見つめている。 「大丈夫よ。遼もいるし、寂しくなんか無いから」 安心させる為に何気なく言った言葉だったが、母はますます心配そうに私を見た。 少しの沈黙の後、ふと見ると遼がリビングのドアの隙間からこちらを窺うように覗いていた。 「あ、遼、やっと降りてきたの?ほら、皆でご飯食べよ?」 と言った瞬間、私の頬に母の平手打ちが飛んで来た。 訳が判らず呆然としていた私に母は泣きながら言った。 「しっかりしなさい!何か様子がおかしいと思ったら、やっぱり…」 「な、何よ急に…」 「あんたこそどうしちゃったの?…遼は半年前に事故で死んだんだよっ!?」 私は顔をくしゃくしゃにして泣いている母が何を言っているのか理解できなかった。 だって、遼はここにいる。今も私の袖を掴んで、心配そうに見ている。この子が遼でないとしたら何だと言うのか。 「いいかい?遼はね、道路に飛び出して車に轢かれて死んだんだよ。あんたはその場に居合わせていて、全部見てたでしょう?」 見てた?何を?…遼が死ぬ所? 記憶の片隅にうっすらとした記憶がある。買い物帰りの私を道路の反対側から見つけた遼が駆け寄ってきて、そして… 「ち、違う!あれは夢だもの!だって現に遼はここにいるもの!私の傍にずっといるもの!」 「…遼が死んでから、何回電話をしても繋がらないし、やっと繋がったと思ったらあんたはこんな事になってるし…。来た時も、私が遼にお線香を上げている時だって、あんたは遼の部屋に篭って出てこなかったでしょう?」 「違うわよ、あれは遼を呼びに…」 「まだそんな事を言って…」 母が何かを言おうとした時、珍しく夫が何時もより早く帰ってきた。 「すみません、お義母さん」 「あなたがこの間電話で言ってたのはこの事だったの?」 何?何を二人で話しているの?混乱している私に『遼』がギュッとしがみ付いてきた。 「えぇ、外に出るにもずっとこんな調子で。…人形の顔に遼の写真を貼り付けて持ち歩き、まるで遼が隣にいるかのように振る舞うんです。今じゃ近所の腫れ物扱いです」 「あなたは一体何を…?」 「最初のうちは、子供を亡くした一時的なショックだと思って様子を見てました。それで少しでも妻の気が収まればと。ただ段々ひどくなってきて…病院に連れて行こうと思った時にはもう妻の中では遼が生きている事になっていて…」 「だからって…」 「俺も父親です。子供を亡くしてそう強くいられる訳が無い。この現実から目をそらしたいばっかりに何かと理由をつけて仕事をし続けていました」 私は、呆然と二人の話を聞いていた。遼は私からしがみ付いて離れない。そうよね、だってパパとおばあちゃんが訳の判らない事ばかり言ってるんだものね。 大丈夫、ママがついてる。ママは何があっても遼から離れないからね。 遼もそんな私の気持ちを察したのか、私を見上げてにっこりと微笑んだ。 久しぶりに見た遼の満面の笑顔。まるでこの子の大好きな向日葵みたい。 私は泣いている二人を背に、遼を連れて子供部屋へ向かう。 「ずーっと一緒にいようね」 その言葉に答えるかのように『遼』がカタカタと動きながら両手を挙げる。 写真の中の『遼』がにやりと笑みを浮かべた。
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受信: 23:24, Sunday, Aug 31, 2008
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受信: 00:32, Sunday, Nov 09, 2008
■講評
どこかで聞いたようなよくありがちな・・・。
【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0
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名前: 尚休 ¦ 17:15, Wednesday, Aug 27, 2008 ×
-長所- ・生活感が出ている文章で読みやすい。 ・この話を語っている「私」が「信用できない語り手」であり、母から遼は半年前に事故にあったと聞かされる事で、今までの「私」の話がひっくり返される展開は面白い。 ・遼を失った「私」の悲しみが怪異へと繋がっているところに味わいがある。
-短所- ・「信用できない語り手」を使ったこの話のアイデアは面白いのだが、実家の母がやってきてからの展開が急すぎるように思う。夫や遼、ご近所さんの様子等で前半に伏線があって後半の謎解きにはなっているものの、後半へ繋ぐための手がかりが薄く、展開が唐突に感じられた。せめて前半で『遼』に関することを何か、もう少し絡めても良かったのではと思う。 ・伏線の為とはいえ、妻の行動を放置している夫の行動や実家の母の対応に違和感があった。遼をなくして半年経過しているのだが、全体の構成を見ると昨日今日で事態が急展開したかのような話の盛り上がりようなので、時間的な推移を考慮した上で、もう少し丁寧に作られていれば良かったように思う。
【アイデア】1、【描写力】0、【構成力】-1、【恐怖度】0 |
名前: 廻転寿司 ¦ 19:31, Wednesday, Aug 27, 2008 ×
てっきり、この主人公の女の人も死人の扱いになるとか、主人と子供だけがこの女の人の後ろに何か見えていて避けていたとかのお話になるのかと思ってました。(まな板シリーズもありますしね)その分、予想外でした。 この作品として言えば、主人公の女が子供を亡くしたショックのあまり、気がふれてしまったという展開で進み、ラストに子供又は異形の者が存在をアピールするというオチでしたが素直に書かれている分、読みやすかったと思います。個人的にラストにもう一オチ欲しかったですね。途中で、子供に動きがあるので、その点が幻覚なのか、人形の姿を借りた何かが動かしていたのか、色々と想像は膨らむ書き方だったとは思いますが。
【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】0 |
名前: 茶毛 ¦ 19:54, Wednesday, Aug 27, 2008 ×
アイデア +1 描写力 +1 構成力 +1 恐怖度 +1
面白かった! 「遼は半年前に事故で死んだんだよっ!?」まで完全にノせられていた。 ああそうか、そういうことか、と思っていたら、最後に「写真の中の『遼』がにやりと笑みを浮かべた。」の一文で、実は「私」の病気だけではなく、禍々しいモノが絡んでいるのを暗示されてゾッとした。 |
名前: くりちゃん ¦ 20:07, Wednesday, Aug 27, 2008 ×
おばあちゃんの「あの子はもう死んでるのよ」ってところでお話がぐっと展開するのがいいですね。 仕掛けはいいんじゃないでしょうか。 まあ、実は死んでいたってのはあの映画以来、ちょっとネタとして使いづらくなってなってしまいましたが。
お話として面白くなってくるのは「ある日の午後…」からなんですよね。 それより上は丁寧に書かれてはいるんだけど、お話の焦点がどうしてもボケてしまってる。 ここをぐっと上手くまとめることができると、さらに切れ味が良くなってお話の印象が強まったと思います。 もしかすると子供への執着をもうちょっとだけ強めて、夫にはちょっと「おや?」っと思わせるくらい無関心にするといいネタふりになったかもしれません。
【アイデア】 0 【描写力】+1 【構成力】+1 【恐怖度】 0 |
名前: ユージーン ¦ 21:51, Wednesday, Aug 27, 2008 ×
展開としてはありがちなのですが、前半の日常部分が非常に効果的で、思い込ませられてしまいました。 ただ、遼君が死んだと解ってから結末を迎えるまでが少々長く、途中でもう一捻り期待させてしまう隙が生じてしまっているように思えます。 このオチならば、展開した勢いで一気に持って行っても良かったかなぁと思います。
【アイデア】 0 【描写力】+1 【構成力】+1 【恐怖度】 0
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名前: PM ¦ 23:27, Wednesday, Aug 27, 2008 ×
日常生活の些細な描写は上手いと思う。 展開が目新しいとも感じなかったが、まあまあ面白かった。
【アイデア】0、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】0 |
名前: 華鹿 ¦ 01:19, Friday, Aug 29, 2008 ×
最後が分かり難い事で、話全体が分かり難い物に成ってしまっている気がする。 カタカタと動いている方の遼くんは、 写真の遼くんとは違う、と言いたいのなら、 満面の笑顔を見せた人形と 対象に、写真は泣いて見せたら良かったのでは? それとも、どっちも遼くん? それまでは良かったし、家族がおかしいのではない、奥さんが…という反転の仕方も 上手かったのに、残念。 |
名前: ちゅん ¦ 14:45, Thursday, Sep 04, 2008 ×
目の前で愛する息子が死んだ事を夢にしてしまえるのならどんなに いいか…。序盤、中盤ともに母親のとまどいがよく描かれていると 思います。種明かし後の展開も特に違和感は感じられませんし、 実際の周りの反応も意外と鈍いもので逆にリアルでした。 ただ、やはりオチはもっと大袈裟に怪異を加速させてもよかったかな。
【アイデア】1 【描写力】1 【構成力】±0 【恐怖度】0
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名前: 蓮 ¦ 17:37, Sunday, Sep 14, 2008 ×
少々判りにくいオチではありますが、よく考えられていると思います。 時間経過が曖昧な為、他の家族との関わりに疑問点が残りました。
発想・1 文章・−1 構成・0 恐怖・0 |
名前: 暗沌子 ¦ 01:25, Tuesday, Sep 23, 2008 ×
お母さんの不安な様子が良く描かれていると思います。オチの部分をもっと膨らませても良かったかも。
【アイデア】+1 【描写力】0 【構成力】0 【恐怖度】+1
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名前: 猫塚イスマ ¦ 01:01, Friday, Sep 26, 2008 ×
描写+1 構成+1 描写もうまいし引き込まれるが、最後がありきたりな感じで終わってしまっているのが残念。 遼も霊なのか人形なのか良く判らない。
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名前: 戯作三昧 ¦ 22:32, Tuesday, Oct 14, 2008 ×
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