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私はしがないサラリーマンだ。 女気も全く無い。 会社と自宅を往復するだけの毎日である。 しかし、そんな私にも、一つの趣味があった。 平凡な日常に刺激を与えるために始めたバンジージャンプだ。 バンジー好きの同僚の勧めで経験したのだが、あの地面が迫るスリルやスピード感ときたら、まさに快感である。 その魅力にすっかり夢中になってしまった私は、連休になると各地のバンジースポットを巡っていた。
今日の目的地は、人里離れた山の中にある吊り橋だ。 吊り橋といっても木板とロープで出来ているようなものではなく、車も通れる頑丈なタイプのものである。 そこはバンジージャンプが出来るようになってからまだ二ヶ月程しか経っていないにも関わらず、同時に大自然の絶景が楽しめるという事ですぐに名所となったのだそうだ。 本来ならそこに誘ってくれた同僚と二人で来る予定だったのだが、彼は今日になって急な仕事が入ってしまったらしく、結局私一人で訪れる事となった。
徒歩で吊り橋へと向かう道中、すれ違った一人の初老の男性に声を掛けられた。 「アンタ、これから飛びに行くのかい? 今日は忌み日だ。止めときな。」 忌み日…? どういう事だろう、と訊いてみる。 「昔、あそこで村人の集団自殺があってな。まあ正確には、他所から来た者が殆どなんだが…。今日はその日なんだよ。」 集団自殺…? 数年前の今日に…? そりゃ確かに縁起は悪いだろうけど…。 「川が人の魂を欲しがっている。だから止めときな。」 急に何を言い出すかと思えば…。 別に川へ飛び込もうとしているわけではない。 それに、今回は結構な旅費がかかっている。 わざわざここまで来て、何もせずに帰るという訳にはいかない。 そう言えば過去に他のバンジースポットへ行った時、その土地が観光地化した事を良く思っていない現地の人から地味な嫌がらせを受けた事がある。 この人もきっと、ここが観光地化するのに反対していて、来る人来る人にこういう脅しをしているのだろう。 私は適度なところで話を切り上げると、中年男性に別れを告げた。 「知らんぞ…。」 背中越しにそう聞こえたような気がしたが、私は無視して吊り橋へと向かった。
現地には、男性スタッフが四人いた。 吊り橋の入り口に立ち、周りをぐるっとを見回す。 辺りは深い緑に包まれており、とても静かだ。 その静けさの中で、時折風によって一斉に揺れる木々の音が聞こえ、それがまた心地良い。 なるほど。確かに絶景だ。 これだけの場所、さすがに人気があるのだろうと思って見ると、数人の見物客がいるだけで、実際に飛ぼうとする客はどうやら私一人のようだった。 休日ともなればどこでも順番待ちが出来ていそうなものなのだが、これはラッキーとばかりにスタッフに声をかけると、早速私は準備を始めた。
吊り橋の中央の端部分にはバンジー用の土台が設置されていた。 その場所でスタッフが私に説明を行いながら安全具を取り付けていく。 ここでは足首にロープを固定する方式のようだ。 近年のバンジー用器具は非常に丈夫で、自分で取り外す事も難しい程である。 それ故に、私はいつも安心して飛べるのだ。 吊り橋の下をそっと覗き見る。 高さはざっと70mといったところか。下に流れる川は随分と深そうに見える。 私がこれから味わうスリルに心を震わせている内に、スタッフが最後の安全確認を終えた。 よし、行こう! 私は土台の端に立ち、両手を真横に広げると、まっすぐ伸ばした体をゆっくりと前へ傾けた。 ふっ、と私の体が落下を始める。 橋の上からギャラリーの拍手や歓声が聞こえた。 周りに見えている風景が、あっという間に後ろへと飛んでいく。 そう、これだ。このスリル。このスピード感。この瞬間が全てを忘れさせてくれる。 私の体が風を切り、正面に見える川面へとぐんぐん迫っていく。 と、ふと、その川面に何かが居る事に気付いた。 …女だ。 全裸の女が川面に立って両手を広げ、優しい笑顔で私を見上げていた。 品のある綺麗な顔、風に揺れる長い黒髪、透き通るような白い肌、しなやかな肢体。 このスピードの中、まるでそこだけ世界から浮いてしまったかのように、何故かその姿をハッキリと見て取る事が出来た。 ここまで美しい女を、今まで見たことがあっただろうか? と考えている内に、川面に立つ女がすぐそこに迫っている。 マズイ、ぶつかるっ…!! 女の顔がもう目の前となった瞬間、足に取り付けられたゴムロープの力により、ぐぐっと私の体が落下を止めた。 とその瞬間、女は目の前にいる私の頬に両手を添えると、そっと唇を寄せてきた。 柔らかな唇の感触。 女からほのかに金木犀のような香りが漂ってくる。 時間が止まってしまったかのような感覚…。 バンジージャンプとは比べ物にならない程の幸福感が私を満たす。 ああ…ずっと…こうしていたい…。 そう思った瞬間、ゴムロープが体を上へと引っ張り、私を女から引き離した。 視界の中で女が遠ざかっていく…。 ああ、待ってくれ。もう一度そこに…。 リバウンド後の落下で再び女の元へと向かうが、届かない。 女はただ静かに、空中を上下する私を見上げていた。 すぐに…すぐにそこに…。 リバウンドが収まり、私の体が宙ぶらりんになる。 早く、誰か、早くこれを外してくれ! 吊り橋を見上げると、スタッフや見物客達が水面を指差してなにやら騒いでいる。 あの女を見つけたのだろうか。 再び川面を見ると、女は優しい笑顔を私に向けたまま、川の中へゆっくりと沈んでいくところだった。 待ってくれ! すぐに、すぐに行くから!! 突然、吊るされたままの私の横を何かが複数通り過ぎ、川に向かって落下していくのが見えた。 橋の上にいたスタッフや見物客達だ。 川面に大きな水飛沫が次々と上がる。 そしてそのまま誰一人、浮かんでくる気配はない。 待てっ…! 私の女に手を出すな!! 下で待機していたスタッフの乗るボートも空になっており、川に流されるままになっているのが見えた。 待てっ!! やめろ、お前ら!! どんなに足掻いても、体に取り付けられた安全具が外れない。 私も早くあの女のところへ…。 誰か…、誰か私を降ろしてくれ!! 誰か!! 私はただ一人、橋から逆さに吊るされたまま、愛しい女を想い嘆いた。
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受信: 14:58, Friday, Nov 21, 2008
■講評
意外な展開で驚きました。 なるほど、と。
ただ、意外過ぎて今ひとつ、腑に落ちないというかしっくり来ないというか。 その辺、どうやって読者を引っ張っていくかが課題ですかね。
細かい事を言うと前半の部分をもうちょっと整理すると語りにテンポがでて読みやすくなると思いますよ。
警告する男は実は親切なんだけどって展開ですので定番だとこの男を悪く書く事になりますよね。 せっかく嫌がらせしているのかもしれないって所まで書いてるのでもう一言、この男を悪く言うと良かったかな。 ベタな展開ではありますが、ベタな展開をこなす事で必要な場面に必要な人物を配置する時に役に立ったりします。
思い浮かんだ景色を書き取る時に、全体をまんべんなく取り上げるのではなく、ストーリー上での必要性を考えて強弱をつけるようにすると読んでいてリズムのある気持ちのいい文章になります。
【アイデア】+1 【描写力】 0 【構成力】 0 【恐怖度】 0
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名前: ユージーン ¦ 20:09, Thursday, Aug 28, 2008 ×
後半、意外性と勢いはありますね。 あるんだけど、勢い良すぎてちょっと置いてかれた感もあります。 途中、絶景と言う割りに、あまりその風景が描写出来てないのも気になるところです。 怪異部分には影響していないので、わざわざ絶景にこだわる必要はなかったんじゃないかなぁとは思います。
【アイデア】+1 【描写力】 0 【構成力】+1 【恐怖度】 0
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名前: PM ¦ 20:28, Thursday, Aug 28, 2008 ×
-長所- ・主人公の心情がリアルでばかばかしくて笑える。こんなとんでもない状況なのに「私の女に手を出すな!!」がありえなさすぎて面白い。 ・怪しげな女にすっかり魅了されたのが主人公だけでなく、女をめぐる争奪戦へと展開するラストがコミカルで良い。
-短所- ・絶景やジャンプ中の光景が殆ど描かれていないのが残念に思う。ほんのちょっとでもいいので、それらしさを作中に混ぜてほしかった。 ・初老の男から聞いた村人の集団自殺の話に対して、出てきたのは怪しげな女だけというのが後半と一致していないように感じた。前半と後半を滑らかに繋ぐためにも、初老の男の話は、もう少し練った方が良かったのでは、と思う。
【アイデア】1、【描写力】0、【構成力】1、【恐怖度】0 |
名前: 廻転寿司 ¦ 23:10, Thursday, Aug 28, 2008 ×
初老の男性が、その後中年男性に変わるのはナゼ?初老と中年はえらい差があるように思えてしまうのですが。 作品を通して見ると、絶景という割に何もこれといった描写が無いので、イメージしづらい所がありました。田舎ののどかな風景とかの方が合っていたのかな、と。オチの部分での女に向かい次々とダイブするのは予想外でしたが、個人的に言うと主人公が吊るされたままで終わるよりは何かもう一動きして欲しかったです。でも、そこから一人で橋まで登りきるのはレスキュー隊並みの体力がないとかなり厳しいのではないかと。結局、この主人公は吊るされたままで死ぬのかな?
【アイデア】+1、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0 |
名前: 茶毛 ¦ 02:07, Friday, Aug 29, 2008 ×
追記: あらためて読み直してみて気づいた事を。 このお話、ジャンプして女を見る所から事件がはじまって、はじまったと同時にクライマックスで、同時にラストなんですよね。 だからお話に置いて行かれる。 事件が起きる、何かが変わる、そしてオチにつながるって具合に構成するとついて行きやすくなると思いました。 |
名前: ユージーン ¦ 14:57, Friday, Aug 29, 2008 ×
なんか、理由付けが苦しいのが気になってしまって・・・。皆さん眼がいいんですね。自分じゃ70メートル先の女性の表情なんか読めませんもの。あ!それだけ魅了があったって事ですか、小さい人みたいな。
【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0
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名前: 尚休 ¦ 22:22, Friday, Aug 29, 2008 ×
アイデア +1 描写力 +1 構成力 +1 恐怖度 ±0
そんな状況になっても「私の女に手を出すな!!」だなんて。 始めの初老の男の言う「川の忌み日」というのは興味深い。 |
名前: くりちゃん ¦ 22:34, Saturday, Aug 30, 2008 ×
押していく様子をもっと細かく書いてもよかった気がする。 ・・・・でこの人はこの後そうなったんだろう。 自分では戻れないですよね。
【アイデア】+1 【描写力】 0 【構成力】+1 【恐怖度】 0
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名前: 華鹿 ¦ 15:53, Sunday, Aug 31, 2008 ×
ちゃんと聞かされてるのに 飛ぶんだ…と思っていたら、 自分以外が彼女の元へ。 そのひねりで十分魅せてくださったと 思います。 かなり、後半引き込まれる書き方が してあるので、文章力はおありなのに、 おじいちゃんの忠告がベタなのが難点です。 そこだけに−1点。 |
名前: ちゅん ¦ 13:46, Friday, Sep 05, 2008 ×
バンジージャンプが絡んでくるので、前半部分からもっとトントントンと言葉を進めれば、テーマと一体感が出たような気がします。 こうやってまた集団自殺事件がひとつ。主人公が吊されたままのラストが意外性があってよかったです。
【アイデア】1 【描写力】±0 【構成力】0 【恐怖度】0
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名前: 蓮 ¦ 14:58, Sunday, Sep 14, 2008 ×
この人、このまま死んじゃうんでしょうね。だから刑死者なのかも。 少し文章に矛盾がありましたが、全体的には勢いがあって読みやすかったです。
発想・1 文章・0 構成・0 恐怖・0 |
名前: 暗沌子 ¦ 01:50, Tuesday, Sep 23, 2008 ×
バンジージャンプと川のお姉さんが良かったです。
でもタイトルがしっくり来ないです。
【アイデア】+1 【描写力】0 【構成力】0 【恐怖度】+1
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名前: 猫塚イスマ ¦ 01:30, Friday, Sep 26, 2008 ×
アイデア+1 構成+1 スタッフや見物客たちまで飛び込んでしまうというのは意外で面白かった。 タイトルは良く分からない。日本で70メートルというのも高すぎる気がするが、面白い話だと思う。 |
名前: 戯作三昧 ¦ 05:01, Wednesday, Oct 15, 2008 ×
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