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黄色いおめめ
 人は理性を失う瞬間がある。
 千葉さんの新たな引っ越し先は最悪だった。
 隣が幽霊屋敷だったのだ。

 転勤先で会社が用意してくれた借家の一戸建は素敵な庭のある贅沢な作りで、千葉さん夫婦と2才と4才の娘たちには十分な広さがあった。バブルの頃に立てられたという家はどこをとっても贅沢にできている。
 問題は夜だった。
 隣家は空家になっており庭木が伸び放題で敷地の外に乗り出すように茂っていた。家は蔦に覆い尽くされてさながら緑の迷宮だ。
 そこに幽霊見物の若者たちのグループがやってくる。多くは静かにやってきてその存在を気づかせる事なく帰って行く。
 しかし中には大声でわめき散らしたり、気が狂ったかのような悲鳴を上げたり、一斉に大声で笑い出したり。ひどいのになるとアルコールを持ち込んで宴会をはじめる連中までいた。

 引っ越したばかりの春先はまだ良かったが夏場になると毎晩やってきて、毎晩ひどい騒ぎになる。
 彼らが強力な懐中電灯をサーチライトのように振り回すと、千葉さん宅は隣家とは間取りがそっくりなため窓から漏れた光がそのまま千葉さんの家の窓を明るく照らす。
 おかげで娘たちが毎晩のようにひどい夜泣きをするようになってしまった。千葉さん夫妻もすっかりまいってしまった。

「いっそ連中が怖がって二度と姿をあらわさないように脅かしてやろうか」
 そんな事も考えたが妻に止められた。
「あの人たちはそれを目当てに来てるんだから、そんな事をしたら『これは本物だ』って余計に人が集まってくるでしょ」
 試しに警告の札や鎖と南京錠を設置してみたが鎖はすぐに切られ、警告を書いた札にはあざ笑うかのようにペンキがぶちまけられる。千葉さんは歯噛みした。まったく手も足も出ない。



 ある時、たまりかねた千葉さんは発作的にライターとライター用の液体燃料を持って家を飛び出した。はたして本当のに火をつけるつもりだったのかはわからない。ともかく気づくとそれらをつかんで家を飛び出していた。
 問題の家の門をくぐり、ヒザまである雑草を蹴散らしながら玄関に向かう。
 するとヒマワリが咲いていた。
 千葉さんの前を遮るように横一列に並んでいる。満月を反射して明るく黄色に輝くさまがひどく場違いに感じられたという。
 ヒマワリはすべて花を千葉さんの方に向けてじっとりと粘つくような視線を投げつけてくる。千葉さんにはそんな風に感じられた。
 金縛りにあったようにその場に釘付けになったまま千葉さんはヒマワリたちと睨み合った。

 ふいに背後に車が止まり、若者たちが車から降りてくる気配が感じられた。
 我に返った千葉さんは回れ右すると、そのまま若者たちを押しのけて家へと引き返した。



 翌朝、冷静になった千葉さんは軽率な行動に出た事を後悔し、決定的な行為に手を染めずにすんだ事に安堵した。危うく取り返しのつかないことになる所だった。
 だが、残念ながら手遅れのようだった。

 数日して千葉さんは隣家との敷地を分ける胸ほどの高さの塀の上に黄色い顔が並んでいるのに気づいた。
 ヒマワリだった。
 3つほどの花が敷地のこちら、千葉さんの方をじっと見ている。
 花だ。ただの花。
 千葉さんは自分に言い聞かせたが、庭木を押しのけるようにして伸びた花がすべてこちらを向いているのを見るとどうしても偶然とは思えない。
 ともすると花をこちらむけて自分の動きを追っているような気さえしてくる。
 
 さらに3日ほどするとヒマワリは10ほどに増えていた。
 全ての花がこちら側をじっとうかがっている。
 いくらなんでも不自然だ。それだけのひまわりがあれば普通は横を向いていたり、くたびれたように下を向いている花もあるものだ。しかしどの花も鮮やかな黄色の瞳をまっすぐに千葉さん宅に向けているのだ。
 巨大な黄色い目がこちらを見ている。そんなイメージが千葉さんの脳裏を離れない。自然に庭にむいた窓のカーテンは締め切ることが多くなった。庭の方に視線を向けないようになる。
 奥さんには何も話さなかったが彼女も何となく千葉さんの不安を感じ取っているようだった。



 隣家に忍び込んでから一週間もした頃、夜泣きする娘をあやしに行った時に娘が口走った言葉に千葉さんは愕然とする。妻は下の子をなだめに行っていた。
「黄色いおめめがこっちを見てる。こわいおめめがこっちを見てる」
 自分だけじゃない。家族みんなが脅かされているのだ。

 翌朝、千葉さんは妻の悲鳴で目が覚めた。
 ベッドから跳ね起きて窓際の妻の所に行くと千葉さん自身も悲鳴を上げそうになった。
 2階の夫婦の寝室の窓から見おろすと自宅の庭が黄色い花で埋め尽くされていたのだ。
 それも花がみな千葉さんの家の方を向いている。建物をぐるりと囲むように生えたすべてのヒマワリが。

 千葉さんはすぐに引っ越しを決めた。庭のヒマワリには気味が悪くてさわる気にもならず、家の全てのカーテンを閉めきり、塹壕に立て篭るようにして引っ越しの日を待ったという。



 実は私も夢を見ていたと千葉さんは言った。
「夢ってのはこうです。辺り一面がヒマワリ畑で数十、数百のヒマワリがこっちを見てる。最初は連中は目だと思っていたんです。でも違った。あれは口だったんです。首を伸ばして私の身体に食い掛かり、肉を少しずつむしり取っていく。肩やら胸やら右足やらハラワタやら。最後には目も見えず、耳も聞こえず、私自身もただ口をぱくぱくさせるだけのモノに成り下がってました」
 娘さんの夢の話を聞いた時、恐怖に凍りついたもののまだ間に合うと思ったという。
「娘は「目を見た」と言ったんです。まだかじられてはいない」
 夢とは言えあんな経験を娘にさせる訳にはいかない。娘にどんなトラウマを残す事になるのかを考えると気が変になりそうだった。それほどヒマワリの夢はリアルで強烈だった。

 私はしばらく考えてから訊ねた。今でも夢を見るのか、と。
 千葉さんはうなずいた。それが家のせいなのか、恐怖の体験が忘れられないせいかはわからない。引っ越す前は毎晩のように見ていたが今は半年に一度ほどだと語った。
「結局、隣の家は本当に幽霊屋敷だったんですよ。噂では殺人事件があって一家が皆殺しになったんだと聞きました。本当かどうかは知りませんが、もしそれが事実なら考えられないほど恐ろしい死に方をしたんでしょう」
 そう言って千葉さんは手元のグラスに目を落とした。私も虚空にぽっかりと口を開けて立ち尽くす目も腕もなく片足だけで立つ死体のイメージとヒマワリの花の姿が重なって思わず身震いした。

 その後、千葉さんは配置転換を申請し、以前のように転勤する事はなくなったという。
 転属の知らせを伝えた時の妻の安堵する顔が忘れれないと千葉さんは言った。
 今の所、娘たちにも特に変わった事はないそうだ。



11:41, Friday, Aug 29, 2008 ¦ 固定リンク ¦ 講評(14) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(5) ¦ 携帯


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タイトルは抜群に良い。徐々に主人公の領域に侵食してくるヒマワリの描写は怖いが、引っ越してからの語りが妙にちぐはぐに感じられた上に殺人事件とヒマワリの関連がはっきりしない。アイデアは良いのに設定に不満が残ってしまうのが残念。黄色いおめめアイデア +1描 .. ... 続きを読む

受信: 15:16, Friday, Nov 21, 2008

■講評

-長所-
・実話怪談風で丁寧に書き込まれた文章は、読みやすくて好感が持てる。
・千葉さんの心情が良く出ており、感情が伝わってくる。
・増殖するヒマワリは何とも不気味である。

-短所-
・作品自体は丁寧な作りで良いのだが、幽霊屋敷での犠牲者がヒマワリになっていた、がメインの話なので、その後に夢体験やタイトル通りの子供の言葉が出てきても大きな発展が見られない。長い割には盛り上がりに欠けたように思う。
・千葉さんが抱くイメージの黄色い顔や巨大な黄色い目、夢の話も含めて、他の文章の書き込みに比べるとこれらだけが描写が不足している。人食いヒマワリのイメージが徐々に出てくるところがこの作品のポイントであれば、ヒマワリがどう変化していくのかという映像をきっちり作った方が良いと感じた。
・殺人事件があって一家が皆殺しになった幽霊屋敷の噂について千葉さんが「考えられないほど恐ろしい死に方をしたんでしょう」と語っているのだが、何故ヒマワリがそうなるのかが考えにくく、関連づけが遠いように思う。見せ場である人食いヒマワリのアイデアから作品が作られたのかもしれないが、それと幽霊屋敷の因果関係がうまく馴染んでいないように感じた。

【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 廻転寿司 ¦ 14:48, Friday, Aug 29, 2008 ×


ええっと、これは騒いでた人らがヒマワリになってたってことですかね?
ヒマワリがどんどん増えて、自宅にまで入り込んでくるのは非常に不気味なのですが、その因果がもう少し解り易いと良かったかなぁと思います。
最期、「私」が身震いするところで綺麗にまとまっているように思えるので、配置転換どうのこうのの部分はなくても良いように思います。

【アイデア】+1 【描写力】 0 【構成力】 0 【恐怖度】+1

名前: PM ¦ 20:54, Friday, Aug 29, 2008 ×


 全体的にちょっと重いですよね。
 アイディア的には1つのアイディアでできてる訳で、もうちょっと切れ味よくスパッと行くと最後の目から口への転換もより鮮やかに感じられたと思います。

【アイデア】+1 【描写力】 0 【構成力】 0 【恐怖度】 0

名前: ユージーン ¦ 21:05, Friday, Aug 29, 2008 ×


うーん。いまいちヒマワリの意図や理由付けが解りづらかったです。実話怪談風の書き方をしているのですが、それにしてもイメージを膨らませるだけの描写や段階を踏んだ展開が少なかったと思います。多分、実話だったら気のせいや、幻覚だったんじゃないですか?と言われる内容だったために、創作の場合はヒマワリにリアルな動きをさせたほうが良かったように思います。

【アイデア】0、【描写力】-1、【構成力】-1、【恐怖度】0

名前: 茶毛 ¦ 23:22, Friday, Aug 29, 2008 ×


文章は長くても読みづらい事はなかった。が、ひまわりだけではアレかな。まあ、恐怖ポイントは心理的圧迫にあるんでしょうが。

【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 尚休 ¦ 16:15, Saturday, Aug 30, 2008 ×


アイデア +1
描写力 +1
構成力 +1
恐怖度 +1

面白い。大きな花が「おめめ」というのも面白いが、それが実は口で食らいついてくる、という夢も不気味でホラーらしい。

「結局、隣の家は本当に幽霊屋敷だったんですよ。噂では殺人事件があって一家が皆殺しになったんだと聞きました。本当かどうかは知りませんが、もしそれが事実なら考えられないほど恐ろしい死に方をしたんでしょう」
って矛盾していない?
「本当に幽霊屋敷だったんですよ」といいながら「本当かどうかは知りませんが」って。

名前: くりちゃん ¦ 22:49, Saturday, Aug 30, 2008 ×


黄色いおめめというフレーズが妙に好きです。
個人的に向日葵は明るいイメージだったので、それを怖い方に持っていっているのはなかなか面白かったです。

【アイデア】+1 【描写力】 0 【構成力】 0 【恐怖度】+1

名前: 華鹿 ¦ 23:12, Sunday, Aug 31, 2008 ×


 実話怪談でもない創作もので、結局は夢オチのみ。
 しかもひまわりが日に日に増える、のが本当にあやかしなのか人為的なものなのか判別できない。
 実話なら仕方ないとしても、創作でこれではお話しとして成立すらしていない。
 しかもオチの語り手の因縁談は今時実話怪談でもやってはいけない程のべたなもの。幽霊屋敷であることは百も承知な筈なので、何故この段で人殺しの話を持ち出すのか。

 ひまわりが最初目に見えたけれど違っていて口だった、というのも本当に目に見えていたのが変化するのか見間違っていたのかも不明だ。後者だとしたら目と口を見誤るものだろうか。しかし前者だとしたらその意味は?単に話を展開させるための御都合主義の設定にしか感じられない。

 おまけに言えば、ひまわりは皆同じ方向に向いているから「ひまわり」。そのこと自体は怖ろしくも何ともない。それが怪現象だとしたらイタリアのひまわり畑は百鬼夜行の表参道、ということになるだろう。

名前: ときの ¦ 14:52, Monday, Sep 01, 2008 ×


想像力が貧困な人間には、
ちょっと難しかったかな、と…。
口をぽっかり開けた片足で立つ姿は
ダリなんかの絵画的に思い浮かべれば
良かったのでしょうが、その前に
水木しげるが邪魔をしてどうも夢想出来なかった…。自分にがっかりしました(^^;)
聞き手がいるという終わり方も
好みではなかったので、辛い点数ですが、
文章力と表現力はお持ちだと思います。

名前: ちゅん ¦ 14:04, Friday, Sep 05, 2008 ×


なぜ向日葵が隣家に侵蝕していくのか、踏み入ってしまったからなのか
どうなのか、それとも特に理由はないのか。必ずしも一から十まで説明
する必要はありませんが、どうしても描きたい部分が強すぎて他の詰めが
甘くなってしまったような気がします。

【アイデア】1 【描写力】±0 【構成力】−1 【恐怖度】0


名前: 蓮 ¦ 14:25, Sunday, Sep 14, 2008 ×


黄色いおめめがひまわりのことだったというのはいいですね。
子供にもそれがわかって怖がっているのは好きな展開でした。

名前: へみ ¦ 22:53, Sunday, Sep 21, 2008 ×


黄色いおめめという表現が、まずは素晴らしい。 想像しやすい。 ホラー味満点の内容も好みです。
幽霊屋敷の根拠など、もう少し、文章が練りこまれると更に加点できました。惜しい。

発想・1 文章・0 構成・0 恐怖・1

名前: 暗沌子 ¦ 02:01, Tuesday, Sep 23, 2008 ×


侵食する不気味なひまわりが良かったです。

実話怪談風の記述が矛盾を生み出す原因の様な。


【アイデア】+1 【描写力】0 【構成力】0 【恐怖度】+1

名前: 猫塚イスマ ¦ 02:17, Friday, Sep 26, 2008 ×



文章は安心して読める。
千葉さんの夢はせっかく恐ろしげな雰囲気があるのだから、もっと描写を細かくした方が良いような気がする。
虚空にぽっかりと口を開けて立ち尽くす目も腕もなく片足だけで立つ死体のイメージというのはユニークで良いが、自ら説明するのではなく、夢とリンクさせて情景が思い浮かぶような表現にしても良かったか。
第三者の目線で語るというのは無駄に感じた。千葉さんの目線で十分だったのでは?
なぜひまわりなのかという理由づけも不足している。

名前: 戯作三昧 ¦ 07:48, Wednesday, Oct 15, 2008 ×


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