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ストーカー
 指をしゃぶる。
 自分の、なら合法だ。
 他人の、になると合意が要る。
 彼はどうしても他人の、それも女の指をしゃぶりたくてたまらなかったので「何でもできる。その代わり、漏れなくストーカーがついてくる」合コンに参加することにした。
 ストーカー気質の女ってこんな感じなのかな。いかにもな雰囲気を醸しだすグレーのモッズコート、黒の無地Tシャツにデニムのショートパンツと言う出で立ちの、地味で、口数の少ない、一人の女が目に付いた。
 染めたのかと思うほど黒い髪をショートにしたのが、よけいに薄幸そうなオーラを放つスリムな体形。何よりとても美しい手をしている。
「鳥本信です」
 彼は自己紹介した。
 話も早々にきりあげて、恐る恐る自分の望みを伝えると、紗耶香は少し戸惑ったようだが、そういう合コンだとわかっていたからか、
「いいわ」
 と言って、彼に右手をさしだした。
 仕事がら(何の仕事かは聞き忘れたが)爪はさほど長くない。指輪も、ネイルアートもなし。きれいな指が長くのびて、間接も柔らかく、瑕ひとつない。
 最初は遠慮がちに、人差し指の先端を舐めた。まるで味見をするように。
 それから舌の先で彼女の爪の隙間をさぐり、指を丸めてぜんたいを口に含み、たんねんに舌でねぶった。
 最後は一気にしゃぶりつくす。
 ラブホテルに入って裸になっても、彼は紗耶香の指をしゃぶり続けた。指がふやけて変形し、唾液がしみこんで皮膚がしわくちゃになるまで舐めていた。
 彼は紗耶香の乳房や唇がどんなだったか、何をしたかも、指をしゃぶったこと以外はほとんど憶えていなかった。どうやって別れ、家に帰ったかもわからない。

 翌日、紗耶香から手紙がとどいた。
 メールなんかじゃない。本当の手紙だ。紙には水に濡れたようにはっきりと彼女の手形がついている。

「謝るのは信さん、あなたです」

 やっぱり。嫌われたな。彼は思った。指をしゃぶってばかりだものな。
 彼は返事を出さなかった。
 数日後、また紗耶香から手紙が来た。

「ひまなのは、嫌です」

 異変が始まったのはそれからだ。
 外出の営業中に、急に喉が渇いて公園の水飲み場で水を飲んでいると、彼女の指の味がした。
 信はびっくりして思わず吐き出したが、惜しいことをしたような気持ちだった。紗耶香の指がしのびこんで、じかに口腔をまさぐられたような、強烈に生々しい感触だった。
 満員電車の中では、後ろから腕が伸びてきて、彼の唇に触れた。彼は人目もはばからず指をくわえた。感激で涙をこぼしながら、紗耶香の指を頬張った。
 和室で正座していると、廊下側の障子を破って指がでてきた。紗耶香の指だ。彼はすぐさましゃぶりついた。誘惑に耐えることなどできっこない。
「君は、いったい何をしているのかね」
 上司が尋ねた。
 鳥本信は会社の客の接待で、料亭に来ていたのだ。
 あわてて障子を見ると、指の開けた穴だけがぽっかりと口を開いていた。
 そんな中、紗耶香から、三通目がとどいた。

「今すぐに。私が信さんに会いたいと思っているからです。苦しいのはあなたではありません。
 優しいストーカー部門では、紗耶香が一位です」

 彼は少し恐ろしくなったが、どうしようか。紗耶香の指のとろけるような味は忘れられない。なんて言えばいいのだろう。などと迷っているうちに、異変はさらにひどくなった。
 風呂に入っているといきなり股間をさぐられた。
 トイレに入って便座に坐ったとたん、紗耶香の指が差し込まれ、肛門が塞がれたこともある。
 これにはさすがに閉口して、信は紗耶香に手紙を書いた。

「こんど、どこかで、正式にお会いしましょう」

 好意の証にキスマークをつけることも忘れなかった。
 ニ、三日は平穏に過ぎた。
 今日は会うだろう。そんな予感どおり、彼は紗耶香と再会した。通勤途中、道の傍らで彼女は待っていた。
 街路樹の柳の下に立つ紗耶香の姿はまるで本物の幽霊のようだった。
 一瞬誰だかわからなかった。彼に向かって弱々しく振った手の指を見て、信はそれが紗耶香だとはじめて気づいた。



11:41, Friday, Aug 29, 2008 ¦ 固定リンク ¦ 講評(12) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(5) ¦ 携帯


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幻想小説のようでなかなか面白い。不条理な妖しさが良いと思う。主人公が紗耶香を顔や姿ではなく、その指でのみ認識している部分が偏執的で不気味さが漂う。紗耶香のストーカーぶりが人の域を超えていて、この世ならざる者の雰囲気を醸している。ただ、この作品は読者の好 ... 続きを読む

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こういう不条理な雰囲気の幻想小説は好みである。ただドフェチな主人公が「なぜ紗耶香の手が気に入ったのか?」という説得力が希薄。この辺りの心理描写をもう少し詳しくして欲しかった。指に翻弄される主人公はユニークだが、オチは逆にキレイにまとめすぎたように思う .. ... 続きを読む

受信: 15:55, Friday, Nov 21, 2008

■講評

-長所-
・指フェチの主人公が幻覚かどうか分からない指世界に巻き込まれていく変な流れは面白い。
・最初の出会いから主人公は紗耶香を指以外に認識していなくて、最後のオチにもそれが出ているのが何とも薄気味悪さを出している。
・手紙に書かれた紗耶香の心情にどこか変な感じが出ていて、作品に薄ら寒さを与えている。

-短所-
・この主人公は紗耶香を指以外に認識していないという設定らしいのだが、それほど熱中する割には作中に紗耶香の指の特徴が描かれていない。そのために後半の指世界も最後に手を振る様子も、ぱっと読んだ感じではオチが理解できなかった。アイデアはいいのだが、ラストとこの作品のテーマをはっきりさせる為にも、紗耶香の指描写はもっとあった方が良いと感じた。

【アイデア】1、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 廻転寿司 ¦ 14:55, Friday, Aug 29, 2008 ×


まず最初に「沙耶香」って誰だ?と思いました。
合コンではちゃんと自己紹介しましょう。
これ、三人称で語られていますが、視点は主人公のものなので、一人称で書いた方がスッキリするんじゃないかなと思います。
ちょっと全体的にまとまりに欠けるような印象を受けます。
沙耶香の意味の解らない手紙や、主人公のフェチと言うには行き過ぎている感覚が不気味で、話としては面白いかとは思うのですが…。

【アイデア】+1 【描写力】 0 【構成力】 0 【恐怖度】+1

名前: PM ¦ 21:01, Friday, Aug 29, 2008 ×


 不条理ってのは理屈では作れない所に美しさと希少性がある。
 このお話には理性を離れたところにある説得力があり、それを文章として成立させている巧みさがある。

 それゆえに理屈で点数をつけるのは難しい。

 でも嫌いじゃない。
 たぶん、この空気を持ったまま完成された構造を作り上げられたら、一足飛びにすごい物を作れるんじゃないかと思います。

【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】 0 【恐怖度】 0

名前: ユージーン ¦ 21:34, Friday, Aug 29, 2008 ×


理不尽系の話としては、なかなか良いと思います。紗耶香は死者という事で良いのでしょうか?それとも生霊?所々その辺の設定がはっきりしないので悩むところはありました。それを意図して書いているのであれば、問題ないんですけれどね。ただ読んでストンと理解させやすい作品かというと、そうではありませんでした。

【アイデア】+1、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 茶毛 ¦ 23:30, Friday, Aug 29, 2008 ×


この手の話に、リアルな設定とかは無粋でしょうかね。

【アイデア】+1、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 尚休 ¦ 16:20, Saturday, Aug 30, 2008 ×


アイデア +1
描写力 ±0
構成力 ±0
恐怖度 +1

妖しい魅力がある。
始めは独白体で始まったので、最後までそのままのスタイルで行った方が中途半端な感じがしなくてよかったと思う。
最後の、人なのかそうでないのか曖昧なところで話をしめたのはなかなか効果的だったと思う。


名前: くりちゃん ¦ 22:54, Saturday, Aug 30, 2008 ×


指をしゃぶるという行為は確かにこういう風にかかれると怖い気味も悪い。
手の指を見て沙耶香と気づくよりは、しゃぶりついてから気が付いた方が効果的な気もした。
そこまでその辺を強調しているような書き方だと思ったので。

【アイデア】+1 【描写力】 0 【構成力】 0 【恐怖度】+1

名前: 華鹿 ¦ 23:19, Sunday, Aug 31, 2008 ×


ラストが荒すぎる印象。
引き込む力はある文章を書かれているので、
フェチのフェチたる所を書き込まれたり、
紗耶香の手のどこがそんなに
魅力的なのかを書き込んで欲しかった。
そこでこそ生きるラストなのだし、
書き込む力は十分お持ちだと思います。
表現力と文章力に1点づつ。

名前: ちゅん ¦ 14:11, Friday, Sep 05, 2008 ×


特異な設定は嫌いではないです。どこまで自分を誤魔化してその
世界に入っていけるか、作者の感覚に近付こうと努力する事が
できるかが私の中のポイントです。この作品には残念ながらそこまで
の魅力を感じる事ができませんでした。もっと壊してほしかった。

【アイデア】±0 【描写力】±0 【構成力】 0 【恐怖度】 0


名前: 蓮 ¦ 11:57, Sunday, Sep 14, 2008 ×


なんとも評価の難しい作品ではありますが、全体を流れる幻想的なムードは嫌いではありません。
惜しむらくは、指の魅力が読者に伝わりにくいということ。

発想・1 文章・0 構成・0 恐怖・0

名前: 暗沌子 ¦ 02:05, Tuesday, Sep 23, 2008 ×


何だかわからないところが魅力かな。

指フェチの描写が淡々としていたのが物足りなかったです。


【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】0 【恐怖度】0

名前: 猫塚イスマ ¦ 13:52, Friday, Sep 26, 2008 ×


アイデア+1
漏れなくストーカーがついてくる合コンという事は、参加者全員に、という事であろうか。
両人とも異常だが、彼は、ではなく私は、で良かったのでは? その方が主人公の異常さも際立つ。
最後はちょっと物足りない。良いオチを思いつかなかったような感じが窺える。

名前: 戯作三昧 ¦ 08:16, Wednesday, Oct 15, 2008 ×


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