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交錯する狂気
 目を覚ますと、散々泣き腫らしたような目をした母が慌てて誰かを呼んだ。
辺りを見回そうとするが、首を動かそうとしただけで全身に激痛が走る。何が起こったのかすぐには判らず、視界の動く限り眼だけを上下左右に動かす。
 私と母以外には誰も居ない。どこかの真っ白な壁に囲まれた一室。独特な消毒薬の匂い。私の手から透明な管が出ていて、そこから枝分かれした先には点滴が何本も吊るされている。胸にも何かがついてあり、その先はモニターの心電図へと繋がっていた。他にも色々機械らしき物がついていたがよく判らなかった。所々に黒い靄が見えたが、それは敢えて無視した。
 そこでやっと働かなかった頭が理解した。「ここは病院だ」と。
 ノックと同時に突然ドアが開き、医者と看護師が来て私に一声掛けるが、私は痛みの為、返事をする事が出来ず苦痛に満ちた顔をし、それを返事の代わりとした。医者はそんな私を確認し、看護師と共に頭の先からつま先に至るまで隅々と診た結果、私と母に言った。
「良かったですね。もう大丈夫ですよ。峠は越しました」
 母はまた泣いた。
 医者と看護師は「まだお話がありますので…」と母を病室から連れ出した。私に聞かれたくない事なのか、病状の詳しい説明なのかは判らないが。

 病室に一人になった私は思い出していた。一つ一つゆっくりと、余す所無く。

 …そうだった。私は襲われたんだ。下校途中に無理矢理草むらに連れて行かれて。嫌がり、抵抗する私を無視し、制服の胸をこじ開け、男は1人で快楽を楽しんでいた。男は時折、「気持ちいいだろ」等と言っていたが、そんな事あるわけない。
(初めてだったのに…)涙がボロボロ溢れて止まらなかった。
…そうだ、終わった時、あの男は冷たい眼をしてこうも言った。
「うっとりした眼をしやがって…」と。
そう、その時私は思ったんだ。
(狂ってる)
初めてなのに愛してもいない男に強姦され、うっとりとする女が何処に居る?経験済みの友人がよく言ってた言葉を思い出した。「初めは全然気持ち良くなんかなかったよ。でも彼が喜ぶから演技もしたし気持ち良いフリもした。痛みを我慢して。それでも愛する人だからこそ身体が気持ちよく感じようとするの」
その時は意味が判らなかったが、今なら判る気がする。
みんなが皆、男の肉体のソレを見た時に喜ぶと思っているのか。男の行為と、あの言葉。
あれで女がみんな喜んでいると思っているのであれば、それはその手のマンガかビデオの見過ぎだろうとさえ思ってしまう。気持ちよがってる?女の本音を知らないのか、その手の偏った物しか見てこなかったのか。
 そうだ、そして男は私の首を締め、頭を何回も叩き付けたんだ。意識が遠のいていって目の前が真っ暗になって…何だか遠くで人の叫ぶ声が聞こえた所からの意識が無い。
多分、私は通りすがりの人か誰かに助けられたんだ。でなければ、今ここにいるはずが無い。
(…殺してやる)固く心に誓った。

 戻ってきた母と二人で病室にいると、ノックと共に二人の男の人が入って来た。簡単な挨拶の後、手帳を見せられ、警察の人だという事が判った。医者の許可を得ているのかと問う母に、「五分位なら良いとの許可を頂いてきました」と二人は答えた。
私の意識が戻ったのを知って、犯人に心当たりがないか聞きたい様子だった。何でも警察の人の話によると、最近婦女暴行事件が多発していて、被害にあった人は皆殺されているとの事だった。唯一の生き証人である私から何か一つでも聞き出せればと思ったらしい。しかし、私がまだ喋る事も苦痛なんだと知ると、「また来ます」とだけ言い、帰って行こうとした。最後に、「本当に襲われたんですよね?和姦ではないですよね?」といった瞬間、
「この子は頭蓋骨陥没骨折までして、首まで締められて何日も意識不明だったんですよ!生きるか死ぬかの瀬戸際だった子に何てこと聞くんです!?」
と母が怒鳴りつけたが、ハッとして私の顔を見ると「しまった」という顔をして黙ってしまった。警察の人は「すみません。何せこれを聞くのも仕事なんで…」と事務的な口調で言うと病室を出て行き、母も目頭を抑えながら警察の人の後を追うように出て行った。

 本当は痛み止めの点滴が効いてきたのか、多少なら話すことは出来た。だが警察の人には何も言わなかったし、これからも何も話そうとは思わなかった。全てを「覚えてない」で通すつもりだった。男の顔ははっきりと覚えている。あの冷たい眼も。だけど言わない。
例え、私の証言で捕まったとしても法に裁かれるだけだ。万が一死刑という判決になったって、執行されるまではかなりの時間を要するではないか。そんなのは許さない。私も、今までの亡くなったという被害者も。

 「ねぇ、そうでしょ?」
さっきから私に纏わりつくように傍から離れない女の人達の顔を見て話し掛けた。

 
 そう、相手は知らないのだ。私が「この世の者ではないのが見える」という事実を。
襲われたあの時だって、男の後ろに潜む真っ黒な影を見、その後ろには数え切れない程の女の人達が男を取り囲んでいた。私は男だけじゃなく、周りを囲む陰と、女に怯えながら襲われたのだ。皆、口々に「許さない」「殺してやる」等といった呪いの言葉を吐いていた。あの女達は男から離れられないのかと思っていたが、この病室にいるという事はどうやら違うようだ。

皆、待っているのだ。私が復讐する時を。
あの男が、自分達と同じように頭から血を流し、恐怖に震え、助けを乞う時を。

 私が長い入院生活をしている間も、女達は昼夜問わず、かわるがわる私の元にやって来ては恨みの言葉を吐いていく。その中には口から泡を吹き、鼻血にまみれ、頭が潰れた女の人もいる。死体が切り刻まれたのだろうか、バラバラになって出てくる人もいた。
(待っててね。私が復讐するから)
 もはや、その気持ちは私のものなのか、女達の気持ちなのか判らなくなっていった。

 退院した後は、この街には居られなくなっていた。
どんなに隠していたって私がどのような目にあったのかは街中の知るところとなっていた。
今まで良くしてくれていた近所の人も、私を見ると憐れみと同情が混じった好奇の目で見、あれだけ親しかった友人すらも距離を置く様になっていた。一緒に同じ高校へ行こうという約束も虚しい、過去の事になっていた。
あの男は殺した女達の未来を奪っただけではなく、生き残った私の将来までも簡単に壊したのだ。

 男への殺意はこの街から離れようと、どんなに月日が経とうと、衰える事は無かった。
病院で意識が戻ってから、ずっと考えていた。
(どうやったら、男を殺せるか)
ロープなどで首を締めたって力負けしてしまい、あっけなく殺されてしまうだろう。ナイフで刺したって、一撃で仕留められなければ同じ事だ。薬系だって、飲ませるには手間がかかりすぎるしリスクが高い。後ろから棒や金属バットで殴っても、所詮子供の力では即死は無理だろう。頭にドライバーを刺すのも女の力では…。それならば…。

 そして実行の日がやって来た。
男の居場所なら簡単に判る。
「教えてちょうだい」
私は、血だらけの女達に訊ねる。女達は苦痛と恨みに満ちた顔でせかすように言う。
ある街の名前と共に、『廃墟』と。

女達の言った名前は、この街からさほど遠くない距離にあり、廃墟も女達の協力ですぐに見つける事が出来た。
その時、女達が一斉に指をさした。そしてその指の先には…あの男の後ろ姿があった。
男は凝りもせず、また女を襲っていたようだった。びっしりと蔦に覆われた廃墟の陰から女の悲鳴が響いていた。
私は気配を悟られないように、そっと男の後ろに立つ。男の影が一層暗さを帯びた。それを女達が取り囲む。
そして用意していたビール瓶をバッグからそっと取り出し、男の後ろから思い切り殴りつけた。
「グッ…!」
男が頭を抑えて後ろを振り向く。致命傷にならないのは計画の内だった。大事なのは、殴りつけた後のこの割れたビン。予めヒビを少し入れておいた為、割れるのは簡単だ。
私が持っているビンは、半分に割れ、少しでも触ると血が出てしまいそうな程先が尖っている。そして第二段。そのビンで思い切り振り向いた男の顔めがけ滅茶苦茶に刺した。男は抵抗しようにも、眼にガラスが入り何も見えずにただ闇雲に両手を振り回していた。襲われていた女は既に失神し、殺された女達のゲラゲラと笑う声だけが耳に響いた。
(お前のせいで、お前のせいで…!!)
男が動かなくなっても、刺し続けた。既に、男の眼も鼻も口も原型を留めてはいなかった。
そこにあるのはただの血にまみれ、ガラスの刺さった肉の塊だった。

 そして全てが終わった。

 呆然とその場にへたり込んでいた私に、真っ黒い影が…今まで男にピッタリと寄り添うように付き纏っていた影が私の元へじりじりと寄ってきた。
「いやっ、何なのこれ」
振り払おうとしても手は虚しく宙を切るだけだった。女達に助けを求める。が、女達は先程よりも大きな声でゲラゲラと笑い、助けてはくれなかった。
 私は闇に取り込まれた。


 結局襲われていた女は私の顔を見ていなかったのか、私は警察に捕まるような事は無かった。もちろん、アリバイもしっかり作った上での犯行だったし、血を拭くタオルも着替えも用意していたので捕まるとも思ってはいなかった。
ただ、一つだけ私の中で変わったことがあった。
男を殺した時の感触が忘れられなくなっていったのだ。
無防備な時に見せる表情が恐怖の色に変わる時、私は何とも言えない程の快楽に襲われる。
あの顔が、手の感触が、私を狂気の世界へと誘う。

 そして私は今日も男を誘い、男が絶頂に達した瞬間に殺す。
 背後に真っ暗な影を身に纏って。
 



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受信: 12:50, Sunday, Nov 23, 2008

■講評

よくある話と思ってしまう私は変?
長さも気にならなかったのですが、凶器の選択が引っかかりました。

【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 尚休 ¦ 16:56, Saturday, Aug 30, 2008 ×


これは面白かったです。
文章も読み易く、なんだかぐいぐい引き込まれますね。
一つ気になったのが、この主人公が後日談で男を殺す時、凶器はなんなのでしょう?
体位にもよるとは思いますが、女性の立場だと位置的に……あー、いいや。うん。

【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】+1 【恐怖度】+1

名前: PM ¦ 20:41, Saturday, Aug 30, 2008 ×


-長所-
・犯人への復讐へと主人公の気持ちが動いていく様子を丁寧に綴ろうとしたところには努力の跡を感じる。

-短所-
・この世の者ではないのが見える事を作中で明かしたり、闇に取り込まれた事が主人公から語られているために、全てが怪異のせいであるように原因づけられてしまうのが作品の面白さを削いでいるように思う。遺伝元である「色を失う」に比べると仕掛けも少なく、復讐から狂気へと転じたりする工夫も見られるものの、残念ながら遺伝元のアイデアに引きずられたまま追い越せていない感じがする。

【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 廻転寿司 ¦ 21:47, Saturday, Aug 30, 2008 ×


アイデア +1
描写力 +1
構成力 +1
恐怖度 ±0

前半は重苦しい雰囲気がよく出ている。
最後まで読むと、嗜虐的な物の怪が元凶であったことが暗示されていて「私」もそれに取り込まれて闇の世界に落ちていくところには救いが無い。
なかなか読ませる。

名前: くりちゃん ¦ 23:55, Saturday, Aug 30, 2008 ×


面白い作品だと思いました。主人公の淡々としながら膨らんでいく憎悪の描写も上手く書かれていたと思います。綿密な計画の結果、待ち受ける先は同じ闇に落ちた世界。描写が良かったので風景を感じる作品でした。

【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】+1

名前: 茶毛 ¦ 00:56, Sunday, Aug 31, 2008 ×


 暴力は連鎖し、消えることがないって構造がおもしろいですね。
 描写も多少くどい感じはありますが、丁寧でよかったです。
 兇器もかなり考え抜いた結果の選択だと思います。実に痛そうでよかったです。

 お話の骨格だけを取り出すと、被害者が仕返しをして魔の取り込まれる。
 取り込まれる事自体が元になっているお話に入っているので全体として意外性に欠けるんですよね。
 表から見える事を裏から見なおす場合、多少大胆なアイディア放り込んでやると面白いんですよね。
 お話の間を縫うようなつじつま合わせが。

【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】 0 【恐怖度】 0

名前: ユージーン ¦ 19:09, Sunday, Aug 31, 2008 ×


ラストは結構すきなのだが、この世の者ではないのが見える事を明かさなくてもそれはそれで面白かったような気がする。
「見えます」といわれるとどうも・・・
見えない人にも見える方が、より恨みの気持ちがより強い感じがする。
婦女暴行というのはどうも読んでいていい気持ちはしない。

【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 華鹿 ¦ 18:19, Wednesday, Sep 03, 2008 ×


嫌いじゃないんですが、
私なら、もっと長引かせて、簡単には
死なせませんよ、こんなヤツ。
恨みの深さの割にあっさり殺しすぎやしませんか?
ビール瓶で殺害すると言う手段にも疑問が
あります。
幽霊達の手引きがあれば、もっと慎重かつ
確実な方法がありそうなものです。
それに、どんなに鍛えても、
女が男の力に勝って殺すのは、
難しいですよ。

名前: ちゅん ¦ 14:46, Friday, Sep 05, 2008 ×


中途半端な霊感に足下をすくわれる、ですね。
展開も予想ができる範囲でしたが、怪異とは別に+αの部分で
著者の伝えたかったであろう事がよく表われていたと思います。
ゆえに、ラスト2行の選択が疑問の残るところ。

【アイデア】0  【描写力】±0 【構成力】 ±0 【恐怖度】 0

名前: 蓮 ¦ 10:57, Sunday, Sep 14, 2008 ×


別にビール瓶を割らなくても、他に何でもありそうなものだが。散々考えた末の凶器としては工夫が無い気がします。
ヒロインが見える人でなくとも、話としては通用します。

発想・0 文章・−1 構成・0 恐怖・0

名前: 暗沌子 ¦ 02:26, Tuesday, Sep 23, 2008 ×


復讐譚にプラスしてどんでん返しが良かったです。

少々読み辛かったです。
パソコンで読むにはですけど。


【アイデア】+1 【描写力】0 【構成力】+1 【恐怖度】+1

名前: 猫塚イスマ ¦ 19:41, Friday, Sep 26, 2008 ×



最初の黒い靄を無視したくだりは無くても良い。
人を犯して殺すというのは相当にエネルギーが必要な筈で、まして頭を何度も叩きつける、バラバラにする等猟奇的な連続殺人犯であるから、体力気力ともに強いであろうことは容易に想像がつく。
となるとやはりビール瓶では不十分であると思う。ちなみにビール瓶を使うなら、割るよりそのまま殴った方が威力があるように思う。もちろん中身が入っていれば更に威力が増す。
これほど恨みがあるわけであるから、拷問方法を本で調べるなどしたのち(市販されています)、生け捕りにして色々試す、等々しても良かったかも知れない。
タイトルも響きは良いのだが、ストレートに暗示してしまっているので、途中で気づいてしまいかねない。

名前: 戯作三昧 ¦ 10:07, Thursday, Oct 16, 2008 ×


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