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お肩を叩きましょう。
 長谷川の部屋に入るのは、その日が初めてだった。
変わった奴だが、部屋は普通だ。
ただ一点を除いては。
机の上に木箱がある。
『肩叩き用』と書いてある。
何故だか、頑丈な鎖で開かないように巻かれてあった。

「なぁ。これ何?」

「え?だから、肩叩き用」

奴の許可を得て、開けてみた。

「うわぁっ」
俺が驚くのも無理はないと思う。
箱の中に、右手があったのだ。
右手自身も、頑丈な鎖で巻かれてあった。

「長谷川。これって…フィギュア?これで肩叩くの?」
戸惑いながら発した問いに、長谷川は事も無げに答えた。

「良かったら叩いてみる?ちなみに本物の手だよ。よく効くよ」

奴一流のブラックジョークだとは思うが、本物と言われるとそう思えてくる。
毛も生えているし、爪も作り物とは思えない。
興味を覚えた俺は、手を箱から取り出してみた。
二、三度、肩を叩いてみる。
あまり、否、全く気持ち良くない。
むしろ嫌な感じがする。

「それ、実は僕の叔父さんの手なんだ」
そう言って、長谷川は話し始めた。



 二年前、叔父さんが死んでさ、僕、帰省したんだよ。
七十八歳になったばかりの叔父さんでさ、
若い頃から無茶ばかりしてきた人だから、
そのツケが一気に噴き出したんだろな。
気づいた時には、全身にガンが転移していたんだ。

改札抜けると、姉貴が待ってた。
姉貴の車で葬儀会場に着いたんだけど、ちょっと時間が早くてさ。
とりあえず、会場の椅子に座ったんだ。

右に誰かが座った。
ちらりと横目で見て、僕は息を呑んだ。
亡くなった筈の叔父が居る。
青いパジャマを着て、自分の遺影をしげしげと見ている。

「わし、あんな爺さんやったかなぁ」

どうしよう。怖い、というより焦った。
誰か、僕の他に見えている人は居ないだろうか。
目だけを動かして辺りを見渡した。
誰も気づいていない。
棺に横たわっている筈の叔父が、ここに居るのに。

「悔しいなぁ。まさか、本当に死ぬとはなぁ。憂さ晴らし、したいなぁ」

とんでもない事を言いだした。
これ以上ここに座っていて、話しかけられでもしたら。
暑い日だったけど、鳥肌が立った。
僕、出来るだけさり気無く、席を離れた。
叔父はまだ、ぶつぶつと何事か訴えている。

「そうや。わしもガンうつしたろ。すぐ後から来てもらえるように、
なるべく弱ってる奴がええな」

僕は充分に間合いを取って叔父を観察した。
やはり誰にも見えていないようだ。
辛うじて、幼い子どもが叔父の居る辺りをチラチラ見ているだけだ。

叔父は、居並ぶ親戚縁者の背後に回りこむと、
肩を叩きかけては止める動作を繰り返した。
迷っているようだ。

「うーん。真治の方がええけどなぁ。こいつ孫が出来たばかりやからな。
ここは、やっぱり和弘か」

叔父は、従兄弟の和弘さんに決めたようだ。
どうしよう、教えてあげた方がいいのだろうか。
正直迷った。
教えてやるにしても、どう言えばいいのか。
第一、矛先がこちらに向かったらどうする。
それにこの和弘って人はね、借金塗れで親戚一同に迷惑ばかりかけている。
口が軽く、他人の秘密を言いふらす癖もある。
反論なんかしたら大変なんだ。
いつまでもしつこく、ネチネチと攻撃を止めない。
僕も、二・三度、痛い目に遭わされた。
本当にしつこい奴でさ。

「まあいいか」
無視することに決めたんだ。
翌月、和弘さんが入院したと聞かされた。

三ヶ月後、また故郷へ呼ばれた。
そう、和弘さんの葬式。
この前と同じ会館で。
嫌な予感が当たった。
同じように座る僕の隣に、和弘さんが来たんだ。

「わちゃあ。俺、あんなに白髪あったかな」

僕、そっと座席を離れた。
また誰かの肩を叩くかもしれない。
その様子を見るのが怖い。
便所に隠れとこうと思って。

誰が叩かれるか知らないが、出来れば年功序列で願いたいな。
密かに願う僕は呼び止められた。
振り向くとそこに、和弘さんが居た。

「次、健ちゃんな」
ニコニコと笑っている。

「つ、次ってなんですか」
しまった。
つい答えてしまった。
相手が見えてると認めたことになる。

「死ぬ順番。ここだけの秘密だけどな、
俺らの一族って、こうやって死ぬ順番決めてたらしいわ。
あ、一度肩叩かれたら拒否できないからね。
どうやっても逃げられないから。
ガンで死ぬよ。
ま、ある意味、遺伝だよな」

冷たい汗が背中を伝った。
「いやだ。まだやりたい事が沢山あるんだよっ」

逆らう僕を哀れむように笑うと、和弘さんは右手を挙げた。
「ダメだってば。もう決めたんだから。大人しく、肩叩かせろよ」

「嫌だ!」
叩かれる寸前、僕は身を捩って逃げた。
ラグビーで鍛えたからさ、身ごなしとフットワークには自信がある。

「あ。こら待て!逃げんなってば!早くしないと、棺桶に
蓋されるだろうがっ!」

「ゆ、幽霊なら棺桶ぐらい擦り抜けたらいいだろ」

「阿呆。擦り抜けるとかそういう事じゃない。
時間無いんだよ、斎場に行くまでに触らせろよ!」

ははぁ、なるほど。
良い事を聞いた。
焼かれたらオシマイなんだな?
よし、逃げ切ってやる。

僕と和弘さんの鬼ごっこが始まった。
肩を叩かれたらゲームエンド。
ただし、人生っていうゲームのね。

「待てってば」

「いやだ」

「逃げんな」

「逃げる」

駄目だ。
息が上がってきた。
捕まる。

そう思った瞬間。
和弘さん、盛大な悲鳴をあげ、姿を消した。
窯が点火されたんだと思う。
スーツが汚れるのも構わず、僕はヘナヘナと力なく座りこんだ。
勝った、って思ったね。

親戚一同には、気分が悪くなってトイレに居たと偽り、
僕は意気揚々と斎場に向かった。
誰にも言えないけど、褒めて欲しいぐらいだった。
一族の因果を断ち切ってやったのだから。

「それでは、収骨をお願いします」
哀しげな顔つきで係員が告げ、窯へと向かった。

「うっ?!」
係員が息を呑んでる。なんか妙な気配。
みんな気づいてない。
なんだ?って思ってさ、僕一人、見に行ったんだ。
驚いたよ。
焼けて真っ白になった骨の中にさ。
右手だけが、そのまま残ってたんだよ。
右手は指を立てて、蜘蛛みたいにカサカサって動いて。
突然跳ね上がると、僕の肩に向かってきた。
本当に、なんてしつこい奴。

寸前で捕まえてさ、失神した係員に蹴り入れて起こして。
僕、手首を持って帰ることにした。
すごく良いこと思いついたから。

そこまで話して、長谷川は俺を見つめた。

「大嫌いな奴の肩を叩いたら面白いだろうな、って」



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ああ、これは巧いなぁ。気になる点がないではないが、アイデアも筆運びも巧みで読みやすい。火葬しても燃えなかった手が執念を感じさせ、薄気味悪い。例えば、火葬に耐えたのなら腐る事もないだろう手が、肩を叩いた後ボロボロに崩れ去ったなら、肩を叩くためだけの執念 .. ... 続きを読む

受信: 18:23, Tuesday, Sep 30, 2008

■講評

アイデア +1
描写力 +1
構成力 +1
恐怖度 +1

「和弘」さんは「叔父さん」のイトコなのか、「長谷川」のイトコなのか。「和弘さんの手」のことを「叔父さんの手」と言っているから混乱する。
葬儀会館で式の始まる前から火葬場で点火するまで逃げているなんて、どんだけ長い時間?
と突っ込みどころはあるが、面白かった。逃げ回るところはコントのようだが、最後に心の闇で締めくくるところは上手い。

名前: くりちゃん ¦ 10:17, Thursday, Sep 11, 2008 ×


創作といえど、設定に無理がありすぎます。叔父さんの手を持っている事がありえないし、腐るでしょう。臭いもするでしょうし。
それに葬式の度に、バトンタッチし続けていたら一族すぐ絶えちゃいますよ。
オチの「大嫌いな奴の肩を叩いたら面白いだろうな、って」もどうかと。まず間違いなくその場で仕返しなりなんなりされるだろうし。全ての内容を隠してこのオチなら理解できるのですが、話した上でこのオチはないでしょう。コメディで矛盾点を隠すのであれば、思いっきりばかばかしく書くか、勢いのあるネタで押し通すべきだと思います。余りにも中途半端でした。ブラックコメディとして纏めたかったのかどうか判断に困る作品でした。

【アイデア】+1、【描写力】-1、【構成力】-1、【恐怖度】0

名前: 茶毛 ¦ 13:49, Thursday, Sep 11, 2008 ×


うあー、もったいない…。
アイデアも良いし、文章も読み易い。なのに、途中で展開が想像出来てしまい、で、想像通りの結末で終わってしまったのが非常に残念です。
このオチに持っていくなら、序盤に左手だとか本物だとか言わずに…、というか左手の形じゃなくて、何か骨っぽいとかでも良かったのですが、上手く驚かせて欲しかったところです。
それか、最後にもう一捻りか。
非常に惜しい作品かと思いました。

【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】-1 【恐怖度】 0

名前: PM ¦ 20:28, Thursday, Sep 11, 2008 ×


でも、それってバラしてから使わせたら、
今度は友人が方を叩きに来るのでは…?
途中までは先に肩を叩いてしまった事も
忘れて面白いと思って読めたのですが…。
先にネタばらしがあり、疑問も残るので
何だかスッキリしない…。
ネタとアイデアに1点づつ。

名前: ちゅん ¦ 13:11, Friday, Sep 12, 2008 ×


追いかけっこは面白かった。ジョークで脅かしている・・・のではないよな〜。

【アイデア】0、【描写力】0、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: 尚休 ¦ 16:26, Saturday, Sep 13, 2008 ×


アイデアは面白い。
なんとなく途中から展開が読めたがそれでも面白かった。
叔父さんじゃなく、従兄弟の和弘さんの手・・・
作者も混乱しましたか。

【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】0 【恐怖度】 0

名前: 華鹿 ¦ 21:38, Wednesday, Sep 17, 2008 ×


-長所-
・すらすらと読ませる文章のテンポとアイデアは楽しめた。
・『肩叩き用』木箱に仕掛けられた鎖もオチへの伏線になっていて工夫がある。

-短所-
・前半のスムーズさは死者との会話のポップさが面白く、展開もとても良かったのだが、最後に来て「寸前で捕まえてさ、失神した係員に蹴り入れて起こして」以降で急にリアルさがなくなり、作品の魅力が失われたように感じた。
・「死ぬ順番。ここだけの秘密だけどな、俺らの一族って、こうやって死ぬ順番決めてたらしいわ」の一族内ルールがありながら、最後の長谷川は「大嫌いな奴の肩を叩いたら面白いだろうな、って」と、何故かルールを外れた発想をしている。これらオチ間際の展開が書き急いだように見え、もう少し丁寧に作られていたらかなりいい出来になっていたと思うだけに、そこがとても惜しまれる。

【アイデア】1、【描写力】0、【構成力】-1、【恐怖度】0

名前: 廻転寿司 ¦ 18:44, Thursday, Sep 18, 2008 ×


 軽快なタッチがいいですね。
 おもしろい。
 順番がやってくる怖さってのもなかなか味がある。
 手の矛盾は私は気になりませんでした。
 だってそれが本当に嫌な奴に効くのかどうか実験しなければわからないんですから。
 効かなくても話で怖がらせるだけでも十分な嫌がらせでしょう。
 また火葬されても燃えない手なら腐敗を物ともしないのも納得です。

 その手が木の箱に封印されていたら、それはろくでもない物であろうってことはわかるし、お話を通じてそれがはっきりと見えてくる。
 最後までその流れの通りなので、最後に意表を突くひねりを入れればおもしろくなりますね。
 ちょっと残念。
 また嫌な奴にというオチなら「なるほどそういう事か」と納得させるフリを冒頭に置く必要があります。
 変わり者の家にはじめて来たというのではまだちょっと弱いですね。
 最低でも「なんで呼ばれたのか理由がわからない」ぐらいは入れたい。
 普段から嫌われている理由を書いてしまうとそのまま過ぎるので、それをいかに悟られないように、それでいて最後に納得させる事ができるように書けるのか。簡単なようで難しいはずですので、いろいろ工夫してみて下さい。

【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】 0 【恐怖度】 0

名前: ユージーン ¦ 20:03, Thursday, Sep 18, 2008 ×


いや、試しにでも叩いてみないでしょそんなモン?と突っ込みながらも、話がどう転がっていくのか楽しんで読めました。ただ、ラストにあのオチを持ってくるのならコミカルさをもう少し控えた方がよかったかなと思います。

【アイデア】1【描写力】±0【構成力】±0【恐怖度】0

名前: 蓮 ¦ 00:41, Monday, Sep 22, 2008 ×


軽く仕上げた文章にブラックなオチ。
大変に好みです。
本当にその手に威力があるかどうか、或いはその手は本当に人間の物なのか。
何の説明もありませんが、これはこれで有りかな。

発想・1 文章・1 構成・0 恐怖・0

名前: 暗沌子 ¦ 23:53, Friday, Sep 26, 2008 ×


幽霊とのドタバタした追いかけっこが面白かった。

もっと落ち着いて設定を再確認した方がよかったかも。


【アイデア】+1 【描写力】+1 【構成力】0 【恐怖度】0

名前: 猫塚イスマ ¦ 20:53, Saturday, Sep 27, 2008 ×


アイデア+1 描写+1 構成ー1
アイデアはとても面白いし、全体的に見てもなかなか楽しめた。
しかしやはり、途中でオチが読めてしまう。

名前: 戯作三昧 ¦ 04:36, Sunday, Oct 26, 2008 ×


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